歌人・穂村弘さん×女優・美村里江さん、愛しき「読書時間」を語り尽くします!

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左/美村里江さん、右/穂村 弘さん

雑誌『Precious(プレシャス)』のカルチャー連載では、書評委員を務めてくださったことでもおなじみです。「ずっと会いたかった」という初顔合わせのふたりが、"大人だからこその読書の楽しみ方"をたっぷりと語り合います。膨大な読書量を誇り、心の底から本を愛してやまないふたりが夢の共演です!

穂村 弘さん
歌人
(ほむら ひろし)歌人。歌集『水中翼船炎上中』(講談社)など著書多数。小説、歌集、漫画などの書評をまとめた『きっとあの人は眠っているんだよ』『これから泳ぎにいきませんか』(ともに河出書房新社)ほか、本にまつわる著書も多い。

「再読すると、新解釈が芽生える。これは大人の読書の醍醐味かもしれません」(穂村さん)

美村里江さん
女優
(みむら りえ)女優。俳優業の傍ら、書評やエッセイなど執筆業を行う。『ミムラの絵本散歩』(白泉社)ほか著書多数。出演ドラマ『大岡越前5』(NHK BSプレミアム)が放送中。4月からは『柳生一族の陰謀』(同上)が放送予定。

「年齢を重ねると理解力が増す。やがて"人生の知恵"となるのが楽しいのです」(美村さん)

本の中には経験を重ねてこそ輝く宝物が詰まっている

穂村さん(以下、穂村) 美村さんにずっとお会いしたいと思っていました。本にまつわる文章を読むたびに、物語、そして読書への深い愛情が伝わってきたからなんです。

美村さん(以下、美村) それは大変光栄です。年齢とともに読書欲が増していく一方で、実は短歌も詠みためているところ。憧れの歌人である穂村さんにお会いできるのを、心から楽しみにしていました。

詩について

穂村 想像するに、美村さんはものすごく肝がすわっている女性なのだと思う。そういう人は短歌に向いていると思いますよ。たとえば与謝野晶子がそうでした。彼女の燃えるような魂から生み出された作品は100年後の今もその炎が消えていない。読み返すとそれがよくわかるんです。

美村 確かに詩歌は、それが三千年前の中国でも、詩人と同じ空を感じることができる。時空を超える強さを備えているのかもしれません。

穂村 今日選んできたおすすめの本のなかに、大正、昭和時代の女流俳人の『橋本多佳子 全句集』があります。そこに「いなびかり北よりすれば北を見る」という句があるのですが、その昔に読んだとき、直感的に強く惹かれるものがありました。

美村 なぜ、"北"だったのでしょうね。

穂村 そこなんです。南でも東でも西でもなく、北。当時はただ「かっこいい句だな」と感じていただけだったのが、何年も経ってから読み直したとき、「運命は厳しい表情をして、いつも北からやってくる」というイメージが、ふと自分の中に立ち上がってきました。同じものを読んでも、大人になって読み直すと新しく、かつ深い解釈が生まれることがある。その喜びに触れた瞬間でした。

20代では噛み砕けない本がある

美村 年齢を重ねたからこその読書の醍醐味ってありますよね。私がそれを味わったのは、哲学博士でもあるジャーナリストの著書『なぜならそれは言葉にできるから』でした。

穂村 素敵なタイトルですね。

美村 世界の紛争地を取材してきた彼女が、暴力を受けた人々はその証言ができるのか、できないならそれをせき止めるものは何か、また言葉にしたらその先に何があるのかについて考えるエッセイ。数ぺージ進んでは立ち止まるスローな読書だけど、今の私だからこそ理解できる"人生の知恵"が詰まっていたんです

穂村 おそらく20代では噛み砕けない。大人の今だから心拍数を合わせて読むことができたんでしょうね

美村 生きてきた幸せと生きていく勇気。両方を教えてくれた良書でした。

読むか読まないか?大人の読書はその選択も楽しい!

本との出合い方について

美村 実際、どうやって本と出合っていますか? 穂村さん流"本との出合い方"があれば教えてください。

穂村 単純に好きな人が推薦している本は読んでみますね。ただおもしろいもので、作家と自分の相性ってあると思うんです。人気があるのはわかるんだけど、自分には合わないとか。逆にハマる作家は駄作を含めて愛してしまう。僕にとっては江戸川乱歩がそうで、「おや、伏線が回収できていないぞ。どうなる?」なんて違う意味でドキドキしながら、いろんな要素を含めて楽しんでます。

美村 私は『ムーミン』が好きで毎年全巻読み直すんです。最初はムーミンやミーを愛しく思っていたのが、このところ神経質なフィリフヨンカに共感するようになって。昔は嫌なおばさんと思っていたけど、今は中年女性の危うさや心細さ、他者と関わりたいのに不器用なところに心を寄せてしまう。いつも付箋を貼りながら読むのですが、その場所が移り変わる様が、まるで自分の成長や進化を見るようで興味深いんです。

古典との向き合い方

穂村 ところで、まだ読んでいないけれどいつかは読むと考えている"古典の名作"ってありますか?

美村 たくさんあります!

穂村 それがね、「もう読まずに一生を終えるかもしれない」と、ふと気がつく日がやってくるんですよ。

美村 ああ…。向田邦子さんの本で、ダンテの『神曲』について同じように書かれているのを読みました。

穂村 ある年齢までは、『神曲』であれ『資本論』であれ『源氏物語』であれ、いつかは読むのだと漠然と思っている。ところが大人になると時間は減っていくわけで、あとは取捨選択、優先順位の問題になってきます。

美村 確かにそのとおりですね。そこでどれを手に取るべきか迷ってしまう人におすすめなのが、「国語便覧」どおりに読む方法。読書は自分の好みに偏りがちですが、新しく豊かな水が流れてくる感覚がありました。

穂村 古典は新訳が出たタイミングで読み始めるのもひとつの手ですね。

美村 『源氏物語』は、谷崎潤一郎版で挫折したのを角田光代版で楽しく読破中、課題をクリアしているような清々しい気持ちが湧いています。昔読めなかったけどようやく読めたという経験はありますか?

穂村 実は反対に、今すごく悩ましい気持ちでいるんです。

美村 反対、というのは?

穂村 村上春樹訳のレイモンド・チャンドラー『ロング・グッドバイ』が、どうしても読めなくて。僕は清水俊二訳が大好きで、自分と合わなかったら…と思うと怖いんです。逆によかったら、あれを超えるものに出合ってしまうのも怖い。買って目の前にあるのに全然読めなくて(笑)。

美村 そんな玉手箱のような楽しみ方があるなんて! 読むことはもちろん、〝今は〟読まないという選択含めて大人の読書はおもしろいのかも。

穂村 それでも死ぬ間際で「読めばよかった…」なんてうめくことのないよう、そろそろ読み始めようかと。

美村 私も後悔したくない! 読書リストを見直してみますね。

穂村さんのおすすめ3冊

『橋本多佳子全句集』 著=橋本多佳子

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『橋本多佳子全句集』 著=橋本多佳子 角川ソフィア文庫 ¥1,440

「彼女の有名な句に『雪はげし抱かれて息のつまりしこと』という作品があります。俳句だけどエモーショナルで、女性の自我を力強く表現した人。戦後、左で紹介する西東三鬼らと出会い、俳壇の女流スターになっていきます」

『神戸・続神戸』著=西東三鬼

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『神戸・続神戸』著=西東三鬼 新潮文庫 ¥430

「戦時中、妻子を残して神戸に逃げてきた俳人・西東三鬼の私小説。娼婦や船乗りなど得体のしれない人々が集うなか、人間のダメさに対してある種優しい眼差しが貫かれている。貧しくも豊かなユートピアのような世界に憧れます」

『歌集 いらっしゃい』著=山川 藍

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『歌集 いらっしゃい』著=山川 藍 KADOKAWA ¥2,300

1980年生まれの若手歌人による、短歌集。『疲れてる事で繋がるわたしたち休憩室でカレー食べつつ』『いま起きた二分後にもう駅にいてバッグにブラジャーが詰まってる』など、独自の感性で現代女性のリアルを浮き彫りに」

美村さんのおすすめ3冊

『わたしのいるところ』著=ジュンパ・ラヒリ、訳=中嶋浩郎

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『わたしのいるところ』著=ジュンパ・ラヒリ 訳=中嶋浩郎 新潮クレスト・ブックス ¥1,700

「ローマと思しき町で暮らす45歳の『わたし』が主人公。人に話すほどでもないけれど、ひとりで扱うにはもて余してしまう孤独や虚しさ、そして喜び。そんな微妙な思いや言葉を見事すくい上げてくれる、愛すべき作品です」

『なぜならそれは言葉にできるから-証言することと正義について』著=カロリン・エムケ、訳=浅井晶子

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『なぜならそれは言葉にできるから-証言することと正義について』著=カロリン・エムケ 訳=浅井晶子 みすず書房 ¥3,600

「紛争地におけるテロや監禁…極限に追い詰められると人はどうなるのか、何を生み出すのか。それらは非日常の出来事のようで、実は私たちの日常の扉を開く鍵となる。そんなことに気づかされる大人のためのエッセイ集です」

『たやすみなさい』著=岡野大嗣

『たやすみなさい』著=岡野大嗣 書肆侃侃房 ¥2,000
『たやすみなさい』著=岡野大嗣 書肆侃侃房 ¥2,000

「穂村さんが紹介する山川藍さんと同い年の歌人。『タワレコのやわい袋に押し込んで地元のパンをきみに持たせる』など、だれかとのキャッチボールが緩やかに感じられる作品の数々。そこが素敵で憧れてしまいます」

※掲載した商品は、すべて税抜です。

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PHOTO :
岡本 俊(まきうらオフィス)
STYLIST :
轟木節子(美村さん分)
HAIR MAKE :
小森真樹(MUP/美村さん分)
EDIT&WRITING :
樋口 澪・宮田典子・剣持亜弥(HATSU)、喜多容子(Precious)
取材・文 :
本庄真穂