タレント・ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンさんの"人生に刺激を与えた一冊"は、『魂の文章術 書くことから始めよう』
<Story>
原題は『Writing Down the Bones Freeing the Writer Within』。1986年にアメリカで出版されミリオンセラーに。現在12か国以上で翻訳出版されています。日本では1995年に出版。2006年に改題し増補新装されました。
「制限時間を決めて書く」「手を動かし続ける」「文法を気にしない」「いい子ブリッ子しない」など、著者が創作ワークショップで行っていた数々のメソッドを、短くエッセイ風にまとめてある。文章の書き方から発展して、人生への向き合い方の指南書としても愛読されています。
きっかけは、次の作品が書けなくて悩んでいたこと
僕がこの本に出合ったのは、もう30年も前のこと。当時、僕はハーバード大学の学生で、アメリカにいました。日本で自叙伝を出版した後、次の作品が書けなくて悩んでいたときに、本屋で偶然手に取ったんです。文章の書き方指南本として、全米でベストセラーになっていた一冊でした。
本の裏には、たくさんの作家やクリエイターが賛辞を寄せていて、そこに「この本であなたは命を救われるかもしれない」とあり、まんまと釣られたわけです(笑)。
「感性を"野放し"にして人と違う視点をもつ喜びを教えてくれた’80年代の名著」
詩人であり、作家であり、小説や詩の創作クラスももっていた著者は、「物を書く」ことを「文章修業」と呼んでいます。熱狂してしまった僕は、本とノートとペンを持って田舎町に滞在し、毎日毎日ひたすら書いて書いて、本のとおりの"修業"をひと夏続けました。
2年後、日本に戻ってきてからは、深夜ラジオで生放送中に即興詩を書くということもしましたね。そのころにはもう、本はボロボロになっていました。
大切なのは、自分を「野放し」にすることです。何かを達成しなければという焦りや、世間が決めつけたルール、押しつけられた価値観など、分別、という言葉の下で人が無意識のうちに抑圧してしまっている考えを、どんどん書いて、自分の中から出していく。
「こやしづくり」をする
本の中で著者は、「こやしづくり」という言い方をしていますが、いいものも悪いものも堆肥として置いておく。それを混ぜていくうちに肥沃になって、そこに美しいものが花開くのだ、と。
たとえばテレビの生放送中に、つい、不適切なネタを思いついてしまったとしますよね?(笑) そういうとき、僕はそれを無視しないで、その場で台本の隅っこに書いておくんです。その堆肥はいつか、僕にしか言えない意見、僕にしかできない表現になって、世に出ていく。人とは違う、自分だけの価値基準になるんです。
混沌とした現実をあるがままに認めた上で、広く、自由な視野を
今の日本は、幸せを数値化する社会です。明日が未確定であることを恐れて、どこまでいけば安心か、そのために何が必要か、ということばかりを取り沙汰する。
でも、そもそも現実とは、整然と語れる類のものではなく、カオスのごとく複雑です。世界をあるがままに認めたうえで、広く、自由な視野をもつことが重要だ―そう教えてくれた本でした。
ちなみに、今回、この本を推薦するにあたって、ふといつも持ち歩いているノートを開いてみると、なんと、今でもこの文章修業、続けてました!
習慣になりすぎて意識すらしていなかった…。自宅には、床から天井まで届くノートの山がふたつ。僕の大切な堆肥です。妻からは「捨てて!」と言われますが(笑)。
こんな本も読んでいます…
『ダブリナーズ』 著=ジェイムズ・ジョイス、訳=柳瀬尚紀
20世紀を代表する作家のひとりである著者。20世紀初頭のアイルランドの首都・ダブリンに暮らす人々のリアルな姿を描く。「まるで映像を見せられているかのような描写力! 文章を書くということのすごさを改めて思い知らされます」
『オン・ザ・ロード』 著=ジャック・ケルアック、訳=青山 南
自由を求めてアメリカ大陸を旅する若者たちが主人公の、伝説的青春小説。ケルアックの名前は、『魂の文章術』の中にも著者が影響を受けた作家として登場する。「現代アメリカ文学といえばこれ。時を経てもやっぱりいい!」
※掲載した商品は、すべて税抜です。
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- PHOTO :
- よねくらりょう
- EDIT&WRITING :
- 樋口 澪・宮田典子・剣持亜弥(HATSU)、喜多容子(Precious)