たとえば香水。時が変われば、同じ「香り」は存在しない。そこにラグジュアリーな生命を感じる

インタビュー_1
朝吹 真理子さん
作家
(あさぶき まりこ)1984年東京都生まれ。‘10年デビュー作の『流跡』(新潮文庫)で第20回ドゥマゴ文学賞受賞。‘11年『きことわ』(新潮文庫)で第144回芥川賞受賞。著書に、小説『TIMELESS』(新潮社)、エッセイ『抽斗のなかの海』(中央公論新社)など。

「ラグジュアリーと聞いて、最初に思い浮かんだのが香水です。香水は、その日の天候や湿度、人の体温や肌状態によって、同じものをつけても立ち上る香りは変わります。『体は香りの再生装置』だと思っています。

それはどこかレコードをかけるのに似ていて、再生するたび、同じ音楽がただ流れるのではなく、その空間、その時間にたった一度限りの音楽として聴こえてくる気がするんですね。

香水も人間、時間、場所が変われば二度と同じ香りは存在しないのは、とても贅沢です」

「香水は調香師の作品というのもレコードと似ています。ジャケットが好みだと、試聴せずに手に入れてしまうことってありませんか?

好きな調香師の新作や、ネーミングが素敵だと瞬時に心つかまれて、試さないで買ってしまったりします。エルメスの調香師を務めたジャン=クロード・エレナの香水は、つい手元に置いてしまいます」

まるで朝吹さんの作品を読んでいるようだと感じる。ずっと聞いていたい。もっと知りたい。そう思わせる、彼女による彼女だけのラグジュアリー論が展開される。

「かつては香りがその人の存在証明でした。和歌を詠んで恋文を交わし、夜に愛しい人に会うとき、昔は夜が暗いから、香りでだれが来たのかわかるように、貴族は自分だけの練り香水を名前と同じぐらい大切にしていて、決して人にレシピを教えることはなかったといいます。自分のつくった香りを牛糞に入れて発酵させたり。楽しいですよね」

豊かな感性に確かな知性をブレンドした、唯一無二の女性なのだ。古の時代における香りのストーリーに加えて、こんなエピソードも披露してくれた。

「日本文学者であるロバート・キャンベルさんのまとう香りが大好きで、会うたびに嗅ぎ回っていたら、あるとき、その香水をプレゼントしてくれました。

バイリードの『M/Mink』という、その名のとおりインクをイメージしたセクシーな香り。『今日から同じ香りになれるのだ』とうれしく思って塗布したものの、私がつけるとただのインクの匂いに。人の香りは決して真似することができない。そのことを体感した出来事でした」

朝吹真理子さん
朝吹さんがまとったブルゾンは、黒河内真衣子さんがデザイナーを務めるMame Kurogouchi。欲しいと思いつつ、完売寸前と聞いて諦めかけていたが、運命的に朝吹さんの手元にわたった。織りに表情があり、黒でも墨のような質感が特徴。

限られた時間をただ生きること

人間をつぶさに見つめながらも、物との対峙方法、時間の流れ方について、またラグジュアリーという価値観についても、さらに興味深い一家言が語られる。

「古美術を扱うはとこから『毎朝、金庫の宝物たちに挨拶する』という話を聞きました。きれいなお顔の彫刻をほめたり、掛け軸のおしどりに話しかけたり。『物は意思があって、人を選んで移動している。だから今だけお預かりしている感覚なのだ』とも。

物は人の命よりいくらも長いですよね。扱っている美術品への敬意を感じて、そしてその敬意こそが人間の限りある人生を愛おしいものにしているとも感じました」

香りもどこか人の命に似ていて、あるとき、ある空間で、たった一度だけ流れて漂うという贅沢。『限られた時間をただ生きること』。もしかしたらこれこそが、ラグジュアリーの極みなのかもしれません」

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PHOTO :
浅井佳代子
HAIR MAKE :
森野友香子(Perle)
WRITING :
本庄真穂
EDIT&WRITING :
兼信実加子、喜多容子(Precious)