それをつくるのも、それを手にして使い続けるのも人だ。人が介在する以上、そこにはさまざまな想いが交錯してくる。だからこそ名品を巡るドラマは面白く、また人を惹きつけるのだ。
人々を惹きつける名品たち
ムッシュも虜にしたジーンズにリスペクトを捧げて
サンローランのジーンズ
ムッシュ イヴ・サンローランは、ジーンズをこよなく愛した。少し長くなるが、その言葉を引く。「私は最も実用的でリラックスし、無頓着であるジーンズを発明したかった。ジーンズは、表現に富み、控えめで、飾り気がなく、性的魅力を持つ。私がこれまで洋服に対して望んでいたことのすべてです」
1966年に世界初のプレタポルテコレクションを発表し、旧態依然としたオートクチュールと決別したサンローランにとって、ジーンズもまたファッションを解放するために闘う同志であり、自らの精神にも呼応したに違いない。そうしたジーンズへの強いリスペクトを汲んだクリエイティブ・ディレクターのアンソーニ・ヴァカレロによる新作は、ハイウエストのストレートシルエットというオーセンティックな5ポケットだ。そして正統派のスタイルにもさりげないアクセントを入れる。これをムッシュ イヴ・サンローランが見たら、きっと大きな喝采を送ることだろう。
世界のトップを唸らせたイタリア伝統のネイビー小紋
マリネッラの『シルヴィオ』のタイ
ネクタイはギフトアイテムとしても重宝されている。しかしこれほど世界協調に貢献したネクタイはあっただろうか。1994年のナポリサミットでのこと。洒落者でもあった当時のイタリア首相シルヴィオ・ベルルスコーニは、世界から集まった各国首脳にそれぞれ6本のネクタイを贈った。それがマリネッラのものだった。彼が自身で選んだ6本はいずれも小紋柄のネイビーで、その名から取った写真の『シルヴィオ』はそのうちの1本を再現する。通常のセッテピエゲよりひと折り多い重厚感のあるセッテピエゲアンティーケに、クラシックなテイスト漂う十字小紋が魅力だ。もしかしたら会議の席ではおそろいになった首脳もいたかもしれない。そこに流れる和やかな空気こそ最高のギフトだ。
ナポリ人気質が息づくスーツに日本人の審美眼を存分に注ぐ
ティト アレグレット×ブリッラ ペル イル グストのスーツ
服は着る者の人となりを表すとともに、つくり手の人柄さえも映し出す。ティト アレグレットとはまさにそんな服だ。設立者のアレグレット氏は、海やオートバイを愛し、家族想いのナポリ人。そのライフスタイルを反映し、たとえスーツでもかしこまらず、カジュアルに着こなせる。
ビームスが手がけるブリッラ ペル イル グストとティト アレグレットが共同開発したスーツは、その魅力を際立たせた。雨降りそでとも呼ばれる本格的なマニカカミーチャやワイドラペルといったナポリらしさを活かしつつ、日本人の体型に合わせた前肩の仕様や、裏地を省くアンコン仕立てで快適かつ体の動きを妨げない。完成まで3年をかけた渾身作こそ日伊の男たちがつくり上げたドラマだ。
文豪の秘めやかな想いが冬場の男をエレガントに暖まらせる
ブルネロ クチネリの『ピラール』
パリから移り、約8年間過ごしたアメリカのフロリダ州にあるキー・ウエストはヘミングウェイに大きな転換をもたらした。作家として、男として。ハイライトになったのが初めて所有するクルーザーであり、自ら握る舵輪は自由と解放を目ざしたに違いない。
ピラールと名づけた船名は、スペインのサラゴサにあるカトリックの聖堂の名前に由来する。と同時に、妻ポーリーンとつきあい始めた頃、秘かにつけたニックネームでもあったのだ。ブルネロ クチネリのコートがその名に由来するのも、豪放磊落なイメージの内に秘めた純情に敬意を示したのかもしれない。ピーコートを思わせるスタイルのインナーにはジップを備え、カシミア×ビキューナの極上素材の温もりは冬の寒風にも負けない。
パリの芸術家たちが愛用した個性派パンツがよりモダンに復活
ベルナール ザンス×ビームス Fの『フロール』
フランスのパンツ専業ブランドにベルナール ザンスがある。’80年代のパリで多くの芸術家やアーティストに愛された名作『フロール』は、シンプルなノープリーツにフランス版5 ポケットともいえるカジュアルなLポケットを設け、レザーによる側章とポケット裏をあしらうことでエレガンスを添える。
これをビームス Fがフェイクスエードで別注し、独自の審美性や様式美を現代によみがえらせた。時代の感性を取り入れながらもかたくなに個性を貫くスタイルは、極めてフランス的である。ブランド設立は1967年であり、翌年にはパリであの五月革命が起こっている。そんな気骨を今も漂わせているように思えてならないのだ。
左右非対称デザインに込められた時空を超えるアヴァンギャルド
ベルルッティの『アンディ』
『アンディ』を語るとき、そのモデル名の由来となった、アンディ・ウォーホルのエピソードに触れないわけにはいかないだろう。
1962年ベルルッティに来店したウォーホルに応対したのは、当時まだ若き靴職人のオルガ・ベルルッティであり、ビスポークのローファーにあえて傷のある皮革を使った。有刺鉄線のフェンスに自ら体を擦りつけた牛の皮革で、それがウォーホルの反骨精神を捉えた。実はここにはもうひとり、重要なキーパーソンがいた。イヴ・サンローランである。
ウォーホルとは無二の親友であり、ニューヨークを訪れたときには一緒にナイトクラブを回り、逆にウォーホルがパリに来た際は歓待した。そこで紹介したのがベルルッティだったのだ。
3人のアーティストに交わされた強いリスペクトは時代を超える。最新作はトウに左右非対称のステッチを施し、より現代的にアバンギャルドを増した。履けばそのドラマがより身近に感じられるだろう。
※掲載した商品の価格は、すべて税抜きです。
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- TEXT :
- MEN'S Precious編集部
- BY :
- MEN'S Precious2021年冬号より
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- 川田有二(人物)、唐澤光也(RED POINT/静物)
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- 菊池陽之介