世界中が注視するなか、新大統領の就任式を終えたアメリカでは、初の女性副大統領になったカマラ・ハリス副大統領にも、大きな期待が寄せられている。“初めてのアジア系”など、初めて尽くしの形容詞がずらりと並ぶカマラ・ハリスさんは、ガラスの天井を打ち破り、多様化する社会への展望を、自らのキャリアをもって切り開いてきた頼もしい存在だ。

時代を象徴するスタイルがSNSで話題に!カマラ・ハリスさんという新アイコン

セレブ_1
8月の民主党大会で副大統領候補に指名された際の、カマラ・ハリスさん

シンプルなパンツスーツに、コンバースというスタイルで選挙戦を戦い、なかでも、8月の民主党大会で副大統領候補に指名されたときにも着用していたネイビーのパンツスーツは、いまやカマラさんを象徴するアイコニックなルックになっている。この印象深いスーツ。実は、日本人クリエイターの手によるものだということは、意外と知られていない。

デザイナーからの依頼を受け、パターンを引き、仕立てたのは、ニューヨークに拠点を置く「oomaru seisakusho 2」の大丸隆平さんがその人だ。

大丸さんは、メンズからレディースまで幅広く手がけ、自ら手掛けるプレタポルテ以外にも、プロのバスケットボール選手のスーツから、セレブリティーのウエディングドレスやMETガラ用のドレス、ミシェル・オバマ夫人のドレスなど、名立たるブランドや個人を含め年間2000着ほどのオーダーを受けているという。

制作者が語る「カマラ・ハリスさんの勝利スーツ」が誕生するまで

今回は、コロナ禍で、自身が手がけるブランドのポップアップストアのため来日した大丸隆平さんに、カマラさんのスーツをはじめ、欧米で服を仕立てるポイントを伺った。

セレブ_2,ジャケット_1,パンツ_1
カマラ・ハリスさんさんのスーツを制作する大丸さん

まず、セクシュアリティのアピール、ジェンダーレス、宗教の違いや文化背景の尊重など、価値観が広がるなかでの服作りとして重視しているポイントについてお聞きしたところ、「とはいえ、女性には女性の美しさがある」と大丸さん。「同時に人種や、生活背景を考え、自立しているひとりの人間として、その人に合う服を考えることがとても重要だと思います。アメリカでは、社会進出する女性は日本より遥かに多いのが現状ですが、キャリアウーマンの服は、男社会の中で男性化する服ではないと思います」

例えばカマラさんの服は、パンツスーツであっても女らしい、しなやかさを表現しているとか。「セクシュアリティが強みにもなる」と考え制作したという。

ただ残念なことに、カマラさんが超多忙だったため、実際に採寸できずに仕立てなければならなかった。

実際に採寸できなかった!そんな事態も経験値でカバー

カマラさんのスタッフに、計測してもらったものの、当然のことながらプロフェッショナルな採寸ではなく、その大まかな計測と写真のリサーチから割り出して制作するという現実が待っていた。豊かな経験値と想像力があってこそ導き出された服作りとなった。

注意を払ったのは、ジャケットはデコルテラインが綺麗に見えるVライン。そして、ウエストラインは引き締まって見えるようにヒップの丸みを強調するなど、より曲線的に女性らしく見えるように工夫されている。「運動量の多い袖は二の腕が細く見えるよう、そして、何より動きやすいパターンを心がけました」

大丸さんが大切にする「パターン的考察」とは?

セレブ_3,ジャケット_2,パンツ_2
大丸さんのスーツを頻繁に着用するカマラさん

大丸さんの口から「パターン的考察」という言葉が頻繁に登場する。例えばジャケット一つとってみても肩の「幅」「傾斜」などは万人が異なる。

肩に乗っているデザイン表現は同じでも、その人のフォルムに合わせるためには、「パターンによる創意工夫」があってこそ。初めて着る人にフィットし、美しく見せ、機能性にも富む。服のデザインが表面のイメージだとすれば、パターンは、服の骨格を作り上げる役割と言ったら良いだろうか。

その立体のあり方を自覚した「哲学」といっても良い言葉であろう。

最近よく使われている、メンズサイズを小さくして、そのままレディースに応用するなどの、ジェンダーレスファッションの解釈もあるが、「サイズの大小だけで決定するグレーディングとは全く違う」と、パターンを無視したサイズ展開には、懐疑的だ。

女性をより女らしく見せ、快適な着心地も約束する「パターン的考察」があってこそ、カマラさんのスーツが、あれだけ自然に、生まれたときから身につけていたかのようにフィットしているのも、うなずける。

カマラ・ハリスさんという女性から学ぶべき「服選び」の方法

セレブ_4,ジャケット_3,パンツ_3
歴史的瞬間をともにした、勝利スーツ

これは、私たちがジャケットやスーツを選ぶときにも、ぜひ参考にしたい考察でもある。鉛筆のように細い体にボーイッシュなメンズスタイルを着こなせるトレンドは、限られた年齢や体型だから似合うものだ。成熟し、本物の洗練が身についた女性には、自分の体を受け入れ、いかに綺麗に見せていけるか工夫する知性がある。

女性の身体に沿った曲線の美しさを享受し、肩と背中のフィット感をチェックし、パンツを無理のないシルエットで横じわができないよう注意を払う。そうすると服の気配が消え、服と着る人が美しく一体化し、着る人の存在が、際立ち始める。

カマラ・ハリスさんの、ブランドを誇示しない匿名的な服の着方は、働く多くの女性の理想である。服よりも、着こなしている人に目が行き、かつ個性が輝きだすなんて、望むところである。

そこには、「性の垣根を越えて、人として自立している女性」のために、「女性はより女らしく見えるように工夫する」など、多くの価値観を熟知しているからこその普遍性のある大丸さんのシンプルなメッセージがあり、仕事とファッションのバランスに悩む、私たちに大きな示唆を示してくれる。

 
大丸隆平さん
oomaru seisakusho2・大丸製作所3 代表取締
(おおまる りゅうへい)福岡県出身。日本のメゾンブランドにてキャリアをスタートさせ2006年に渡米。2008年にニューヨークでoomaru seisakusho 2 incを設立し、多くのクリエイターに企画デザイン、パターン製作、サンプル縫製を提供する。2012年に株式会社 大丸製作所 3を東京に設立。2014年に「第2回 CFDA FASHION MANUFACTURING INITIATIVE」を受賞、そして2015年には「第33回 毎日ファッション大賞 鯨岡阿美子賞」を受賞。2015年に自身のブランドOVERCOATをスタート。https://overcoatnyc.com/

問い合わせ先

大丸製作所2

info@overcoatnyc.com

関連記事

この記事の執筆者
1987年、ザ・ウールマーク・カンパニー婦人服ディレクターとしてジャパンウールコレクションをプロデュース。退任後パリ、ミラノ、ロンドン、マドリードなど世界のコレクションを取材開始。朝日、毎日、日経など新聞でコレクション情報を掲載。女性誌にもソーシャライツやブランドストーリーなどを連載。毎シーズン2回開催するコレクショントレンドセミナーは、日本最大の来場者数を誇る。好きなもの:ワンピースドレス、タイトスカート、映画『男と女』のアナーク・エーメ、映画『ワイルドバンチ』のウォーレン・オーツ、村上春樹、須賀敦子、山田詠美、トム・フォード、沢木耕太郎の映画評論、アーネスト・ヘミングウエイの『エデンの園』、フランソワーズ ・サガン、キース・リチャーズ、ミウッチャ・プラダ、シャンパン、ワインは“ジンファンデル”、福島屋、自転車、海沿いの家、犬、パリ、ロンドンのウェイトローズ(スーパー)
PHOTO :
Getty Images(Image)
WRITING :
藤岡篤子
EDIT :
石原あや乃