世界一有名な日本人は誰?
突然ですが、「世界でいちばん有名な日本人」というと、誰だと思いますか? イチロー? 村上春樹? 宮崎 駿? 一例を挙げますと、ロンドンのマダム・タッソーの蝋人形館には、故・吉田 茂首相や故・横綱千代の富士の像が展示されたこともあるため、英国人にとっての有名な日本人といえば、政治やスポーツの世界の人が印象深いようです。
しかしながら、その答えは…
葛飾北斎!
1998年に出版されたアメリカのフォト・ジャーナル紙『LIFE』が選んだ『過去1000年の間で最も重要な人物』調査でベスト100に選ばれた、たったひとりの日本人。それが葛飾北斎だったのです(ちなみに1位はエジソン、2位はコロンブスなのだとか…)。
しかもこの100人の中で、19世紀の画家として選ばれているのも、北斎のみ。
そう、葛飾北斎は、私達日本人以上に、欧米社会でものすごい存在観をもって認識されている人物なのです。2014年にパリのグラン・パレ・ナショナル・ギャラリーで開催された北斎展では、なんと35万人もの来場者を記録したといいます。
いったいなぜ? そこまで欧米の人々にとって北斎がすごいのか! それには北斎の絵そのものの美しさもありますが、それ以上に、西洋美術の歴史に北斎が与えた、一大インパクトが重要な意味を持ちます。
19世紀中頃、日本では幕末にかかろうとする頃、北斎の絵に出合ったフランスの画家たちは、一様に驚愕したといわれます。エドゥアール・マネ、エドガー・ドガ、クロード・モネといった画家たちが、北斎の絵の構図やモチーフを熱心に模倣するようになるのです。
実は、この北斎のもたらした衝撃が元になって、私たちもよく知る「印象派」という西洋絵画の一大潮流が誕生したともいわれています。それはまた、フランス近代絵画の新たな歴史の幕開けでもあったのです。
モネもセザンヌもみんなマネをした!
フランスの銅版画家=フェリックス・ブラックモンが、日本から送られてきた磁器の梱包材として使われていた、くしゃくしゃの紙に描かれていた不思議な絵を発見したのは1856年のこと。その不思議な絵こそが、葛飾北斎の代表作のひとつ『北斎漫画』でした。ブラックモンはその絵に瞠目し、すぐに画家仲間たちに見せます。それが印象派前夜の、パリの絵画界を熱狂に巻き込むことになろうとは、ブラックモン自身も思ってもいなかったかもしれません。
それから約10年後、1867年にパリで開催された万博には、北斎だけではなく歌川広重、喜多川歌麿らの浮世絵、琳派の絵画、さらには漆芸や陶芸などの工芸品が出展され、フランスを中心に西洋社会で「ジャポニスム(日本趣味)」と呼ばれる一大流行が生まれます。
さて、大変前置きが長くなりましたが、この「ジャポニスム」大ブームの中で誕生した西洋絵画の名作と、「ジャポニスム」誕生のきっかけとなった最も重要なアーティスト=葛飾北斎の作品とを一堂に集め、その両方を比較しながら楽しめる大注目の美術展が、東京上野の国立西洋美術館で開催されています。
「北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」展がそれです。
まるで西洋美術の教科書を観るかのごとき、西洋名画の連打連打! その点数、200以上! 印象派の巨匠たち総出演で感涙の嵐! そこに80点近い葛飾北斎の作品が、奇跡の邂逅を果たしたというわけです! 西洋絵画も北斎の作品も、国内外の有名美術館の秘蔵作品をかき集めたというだけに、見応え満点の展覧会になっています。
たとえばエドガー・ドガの『踊り子たち、ピンクと緑』(吉野石膏株式会社、山形美術館寄託)と、その元になったという『北斎漫画』のお相撲さんの絵との比較。ちょっと不思議で笑っちゃいます。「力士のポーズを元にバレリーナの絵を描いたと知ったら、北斎さんもさぞ驚くだろうね…」というささやきも、プレスプレビューの会場内で耳にしました。
メアリー・カサットの『青い肘掛け椅子に座る少女』(ワシントン・ナショナル・ギャラリー)は、少女のお行儀の悪いポーズが特徴の絵。それまでの西洋画ではキリリとしたポーズの肖像画ばかりだったので、このポーズが新鮮だったのだとか。その“だらしなポーズ”の着想の原点も『北斎漫画』だと推察されています。実はカサットとドガは親しい友人であったことから、ドガが北斎の浮世絵や版本(版木に彫って印刷した本)を所有していたことを知っていて、カサット自身も影響されたと考えられているからなのです。
このほかにも、カミーユ・ピサロの『モンフーコーの冬の池、雪の効果』(公益財団法人吉野石膏美術振興財団、山形美術館寄託)と『富嶽三十六景 駿州江尻』の構図の類似性! モネの『ベリールの嵐』(木炭、国立西洋美術館)と『富嶽三十六景 甲州石班沢』、ジョルジュ・スーラの『尖ったオック岬、グランカン』(ロンドン、テートコレクション)と『おしをくりはとうつうせんのづ』(名古屋市博物館)、ポール・ゴーガンの『水浴の女たち』(国立西洋美術館、松方コレクション)や、ロートレックの有名な『ムーラン・ルージュ』のポスターと『北斎漫画』…。
いやあ、みんなよくぞここまでマネをしましたねってくらい、マネています。それくらい、当時のフランスの画家たちにとって、北斎はキョーレツな存在だったのでしょう。
今回の展覧会「北斎とジャポニスム」展は、北斎の絵だけ楽しむのではなく、また印象派をはじめとする西洋絵画の名画だけを楽しむのでもなく、その両方を比較しながら楽しみ、幕末から明治の初期にかけて日本の絵画と西洋絵画の間の、不思議なつながりに想いを馳せることができるものとなっています。
一度も会ったことがない、北斎と印象派の画家たち。そこには言葉の壁も、地理的距離の壁もあったであろうに、美しい絵に対する強烈な想いだけでつながりあった東西の絵師&画家たち! なんだかとってもダイナミックでロマンチックな気がします。
ティファニーと北斎の知られざる物語
北斎が西洋社会に与えたインパクトは、絵画のジャンルにとどまりませんでした。ガラス工芸家として名高いエミール・ガレは『北斎漫画』から着想を得て、多くの作品を残しました。さらに、思わぬところまで北斎の影響は広がっていきました。なんと、今では高級宝飾ブランドとして誰もが知る、ティファニー社の商品開発にまで影響を及ぼすのです。
ティファニー社は、1837年にアメリカで創業。その後、同社にデザイン部門を創設したエドワード・C・ムーアが、1867年のパリ万博で浮世絵などの日本美術に衝撃を受け、大量の日本の美術品を購入します。さらにムーアは、日本にも買い付け部隊を送り込み、数千点にも及ぶ日本の美術品をアメリカに持ち帰えらせたのです。
その中に葛飾北斎の『北斎漫画』が含まれていました。
ムーアは、『北斎漫画』から着想を得たさまざまな銀製品を製作。これが”ジャパネスク銀器”として、1978年のパリ万博で銀器部門のグランプリを取るとになります。
さらに、創業者=チャールズ・ルイス・ティファニーの息子で、同社の初代デザインディレクターとなったルイス・コンフォート・ティファニーも日本美術を深く愛し、熱心にコレクションしました。
ルイス・コンフォート・ティファニーは、『北斎漫画』に登場するトンボをモチーフにしたさまざまな商品を世に送り出しました。1904年のセントルイス万博で発表されたトンボ(=ドラゴンフライ)のブローチは、その代表作といわれています。
今回の国立西洋美術館での展覧会でも、ルイス・コンフォート・ティファニーによる、美しいトンボのランプが展示されていますので、くれぐれもお見逃しなく。
日本からパリへ、そしてアメリカへ…。絵画だけでなく、宝飾品やインテリアのアイテムにまで大きな影響を及ぼした葛飾北斎。ここまで説明すると「世界でいちばん有名な日本人は葛飾北斎」であることの理由が、おわかりいただけたかと思います。
今回の「北斎とジャポニスム」展は、西洋美術に及ぼした北斎の影響力を、「1章 北斎の浸透」「2章 北斎と人物」「3章 北斎と動物」「4章 北斎と植物」「5章 北斎と風景」「6章 波と富士」の6章立てで構成。かなりの出展作品数なので、じっくり時間をかけて拝見したいものです。
会期は2018年1月28日まで。会期終盤は相当な混雑が予想されますので、早めに行かれることをお勧めします。
さあ、史上最大の北斎ブームがやってきた!
ところで、現在、北斎に関わる展覧会がもうひとつ大阪でも開催されています。大阪市の、あべのハルカス美術館で11月19日まで開催中の「北斎 ―富士を超えて-」展です。
こちらのほうは、2017年8月13日まで、イギリス・ロンドンの大英博物館で開催されていた「Hokusai-beyond the Great Wave」の、日本開催版。もともと、あべのハルカス美術館と大英博物館の研究者が共同で企画したもので、「大英博物館 国際共同プロジェクト」と銘打たれています。
大英博物館での北斎展では、すべて前売り予約のみでの入場でしたが、予約が殺到して何日も先まで入場できないこともあったとか。会場内も入場者数の制限をしているにもかかわらず、超満員。イギリスでも、パリや日本と同様、北斎の人気の高さを思い知らされる結果となりました。
国立西洋美術館の「北斎とジャポニスム」展では、北斎作品は基本、版画(錦絵等)と版本(木版画で印刷された本)であったのに対して、あべのハルカス美術館の「北斎 ―富士を超えてー」展の方は、版画だけではなく、実際に北斎が描いた筆致が見られる肉筆画(実際に絵師本人が描いたもの)が多数出展されています。
大胆な構図や軽妙なモチーフ使いは版画でもわかりますが、北斎のもうひとつの天才性である力強い筆さばきは、肉筆でしかわからないもの。北斎のもつ絵師としての凄さを感じたいなら、こちらのあべのハルカス美術館の展覧会にも是非足を運びたいものです。
特に、85歳を超えてから描いたとされる大作『上町祭屋台天井絵「濤図」』(小布施町上町自治会)、そして90歳で亡くなる直前に描いたとされる『富士越龍図』(北斎館)はのふたつは必見です。
亡くなったのが90歳と、江戸時代の人にしては極めて長命だった葛飾北斎。それでも「天があと五年命をくれたなら、真の絵師になれたのに…」と最後まで、あくなき探究心をみなぎらせていたといわれます。
今年、ロンドンに始まり、大阪、東京ととどまるところを知らない”北斎フィーバー”。美術愛好家の方も、アート好きの方も、日本文化好きの方も! この大ブームに乗り遅れませんように!
【関連記事:「なるほど」の連続!「北斎とジャポニスム」展を楽しむための3つのポイント】
問い合わせ先
- 北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃
- 会期/~2018年1月28日(日)
会場/国立西洋美術館
開館時間/9:30~17:30(金、土は20:00、ただし11月18日(土)は17:30まで)
※入館は閉館の30分前まで
休館日/月(ただし2018年1月8日(月)は開館)、2017年12月28日(木)~2018年1月1日(月)、1月9日(火)
観覧料/一般¥1,600、大学生¥1,200、高校生¥800 - 公式Twitter/@hoku_japonisme
TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
住所/東京都台東区上野公園7-7
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- アンドリュー橋本 Precious非公式キャラクター