東京・銀座5丁目に店を構える「東京鳩居堂」。はがきや便箋、封筒、ポチ袋などの文房具のほか、お香や書画用品、和紙などを取り扱う老舗です。その広報の久志本みずきさんに、手書きの文章のもつ「力」と、350余年も続いてきた「鳩居堂」の歴史を教えていただきました。

「鳩居堂」の歴史と手書きの持つ「力」

東京鳩居堂 外観
東京鳩居堂 外観
東京鳩居堂 内観
東京鳩居堂 内観

始まりは薬種問屋から

鳩居堂の始まりは、江戸時代の寛文3年(1663年)。京都の地で、薬種問屋として創業しました。薬種商として中国から材料を輸入し、薬の調合などをしていました。当時の薬種は「漢方薬」であり、その原料がお香の素材に通じるものがあり、薫香(お香)の製造を行うきっかけとなりました。

1800年ごろになると、漢方やお香の材料とともに筆や墨、硯などの書画用品も合わせて輸入・取り扱いをするようになります。当時の日本国内の文化人や、書画の名人との交流も盛んだった鳩居堂の店主は、より日本人にとって使いやすいように試作を重ね、自社での製造を行うようになりました。その甲斐があり、当時の文化人から「鳩居堂の書道道具は、書道の本場である中国のものより使いやすくなった」と評判になったといいます。

「オリジナルの商品の製作にあたり、指導に深く関わった学者の頼山陽(らいさんよう)は、これを聞いて大変喜び、『筆硯紙墨皆極精良(ひっけんしぼくみなきわめてせいりょう)』という言葉を書いて、鳩居堂に授けました。これは、鳩居堂の書道道具はみんなとても良くできている、というお褒めの言葉であり、鳩居堂各店に『額』(模造品)として飾ってあるんですよ」(久志本さん)

店内に飾られている頼山陽の書
店内に飾られている頼山陽の書

天皇家との関わりを感じる「お香」

今も鳩居堂が大切にしている製品のひとつに「お香」があります。線香は、室町時代に中国より伝来したといわれていますが、一般の人が使うようになったのは明治時代以降といいます。

「元は薬種問屋ですから、当時の疫病対策など社会貢献にも深く関わっていたんですね。そのことが当時の明治政府から評価され、平安時代から天皇家に伝わる秘伝のお香の調香を伝授されたと聞いています。銀座に店を構えたのも、天皇家に品物を納めるためだったんです」(久志本さん)。

900年以上もの長い歴史を持つ秘伝の香りのつくり方は、現在のお香製品をつくる際にも役立てられ、今も大切に守り伝えられているといいます。

2階フロアでは種類豊富なお香を取りそろえる
2階フロアでは種類豊富なお香を取りそろえる
1880年(明治13年)、銀座に店を構えたころ
1880年(明治13年)、銀座に店を構えたころ

鳩のモチーフは、熊谷家の家紋から

鳩居堂は、『向い鳩』の商標が有名ですが、これは創業主の熊谷家の家紋に由来しています。熊谷家の先祖は、『平家物語』にも登場する名武将・熊谷直実(くまがいなおざね)だと伝えられています。熊谷直実の活躍を喜んだ、源氏の大将・源 頼朝は褒美として直実に家紋を授けます。このときの家紋が、向かい合った鳩(向い鳩)の絵であったことから店の名前にも「鳩」の文字を入れたと考えられています。

店先には、銀座に店を構えた年号と鳩のモチーフ
店先には、銀座に店を構えた年号と鳩のモチーフ

30年以上のロングセラー「シルク刷はがき」

鳩居堂の看板製品のひとつに、「シルク刷はがき」があります。誕生は1978年(昭和53年)ごろ、「椿の柄」が始まりでした。当時、大胆にデザインが入った絵はがきというのは画期的だったといいます。

今では、年間を通して使える柄や季節のものなど、その柄は200種類以上。草花だけでなく、富士山や季節の食べ物、日本の伝統行事を描いたもの、銀座の街並みが描かれたデザインも。時季に応じて徐々に柄が入れ替わっていく様子は、まさに季節の移ろいを体現しているかのようです。

「シルク刷はがきのデザイナーは、浮世絵の版元で修行を積んだと聞いています。そのため構図や色使いも鮮やかで、でもどこかモダンな雰囲気が感じられるかと思います」(久志本さん)。

特徴的なのは「余白」。メッセージを書くスペースがしっかりと取られています。「絵が主役ではないんです。ハガキは、書いて送ってそれで完成する、というのが鳩居堂の思いなんですよね」(久志本さん)。

紙質にもこだわりがあるといいます。ボールペンでも筆でもなめらかに書けるようにと、シルク刷はがきのために特別に漉かれた紙を使用しています。また、ややクリーム色を帯びた紙にも温かみを感じます。

干支デザインの「耳付 箔押し年賀はがき」(松竹梅に犬/青、ピンク)各170円
干支デザインの「耳付 箔押し年賀はがき」(松竹梅に犬/青、ピンク)各170円
「耳付 箔押し年賀はがき」(犬と鳩/赤) 170円
「耳付 箔押し年賀はがき」(犬と鳩/赤) 170円

「字」には、人柄が垣間見られる

「手書きの文字って、書いてある内容に加え、その人がどんな字を書くんだろう、とか極端に言うと体調や、そのときの気持ちが表れたり……とメールよりもずっと情報量があると思うんです。平安時代は、文字や歌によって恋が始まったぐらいですから」(久志本さん)。

手紙や年賀状など、多くのことをメールで済ましてしまう人が増えている中で、より「手書き」の特別感は高まっているのかもしれません。

「シルク刷はがき」各80円 「四季のデザインは、限定ですのでお店に来るごとに入れ替わっています。鳩居堂のウィンドウや店内を見て、季節を感じてもらえたらうれしいですね」(久志本さん)。
「シルク刷はがき」各80円 「四季のデザインは、限定ですのでお店に来るごとに入れ替わっています。鳩居堂のウィンドウや店内を見て、季節を感じてもらえたらうれしいですね」(久志本さん)。

「日本の伝統や文化を守り、伝えることが鳩居堂の使命だと考えています。最近はだいぶ減りましたが、結納金を包む金封なども用意していますし、ここ数年ブームの御朱印帖も取りそろえています。ご年配の方や、専門家の方に満足していただける製品をそろえることももちろんですが、若い方や海外の方にも、鳩居堂が日本文化に興味を持つ“入り口”になってもらえたらと思います」(久志本さん)。

外国人観光客の購入も多い、種類豊富な和紙
外国人観光客の購入も多い、種類豊富な和紙

時間に追われがちな生活の中で、こうした四季にまつわる伝統文化は豊かな時間をもたらしてくれます。元日の朝、ポストに届いた年賀状を受け取るのはうれしいもの。お世話になった人や大切な人への想いを、はがきにのせて伝えてみるのはいかがでしょうか。

※すべて数量限定品の為、売り切れのものもあります。価格はすべて税抜きです。

問い合わせ先

  • 東京鳩居堂 
    営業時間/10:00~19:00 (平日・土曜)、11:00~19:00 (日曜・祝日)
    (年末年始)12月31日 17:00閉店、1月1日〜3日 休業、1月4日 18:00閉店
    TEL:03-3571-4429
    住所/東京都中央区銀座5-7-4

この記事の執筆者
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PHOTO :
品田健人
EDIT&WRITING :
八木由希乃