ルールがあるフォーマルな着こなしが求められる正式なシーンでも、それぞれの個性が際立つ装いが話題となるロイヤルレディたち。今回は「喪のフォーマル」に焦点を当て、その歴史や着こなしをファッションジャーナリストの藤岡篤子さんに解説していただきます。
「白の喪服」時代もあった!? 意外と新しい「黒の喪服」の歴史とは
「黒」が基本になっている喪服だが、実は黒に定着してきた歴史は、それほど長くない。中世には「白」の喪服も着られ、日本においても、明治時代前半までは、途中黒に変化した時期を挟みながら、白の着物を着ていた歴史がある。歌舞伎の中村勘三郎の葬儀に、夫人が白の着物を着て、改めて「白の喪服」の伝統を感じさせた例も新しい。
現代の洋装の喪服の原点は、19世紀と言われている。英国の、ヴィクトリア女王が最愛のアルバート公を失って、悲しみに暮れ、1851年から40年間「黒」しか身に付けなかったことから始まったようだ。服は黒に染め上げられ、宝石は黒い宝石「ジェット」またはパールしか身に付けなかった。だが、巷ではこの喪服ルックが大流行したというから、「黒尽し」のファッションは相当斬新に映ったのではないだろうか。
その時までは、喪に服する時に黒い服を着る習慣はなく、ヴィクトリア女王に倣って、一般的に根付いていったようだ。
主として、キリスト教で執り行われる欧米の葬儀では、遺族の女性たちは、光沢のない黒一色のデイドレスを着て、帽子も、手袋もストッキング、靴も、ハンドバッグも全て黒、ブラウスを着る場合も黒で統一する。
今回は、目立ち過ぎず地味過ぎない、立ち居振る舞いも美しい世界のロイヤルファミリーの喪のフォーマルを改めてチェックしていこう。
デンマークのフレデリック王太子とメアリ王太子妃の “正式” な喪服の着こなし
まず、デンマークのフレデリック王太子とメアリ王太子妃を見てみよう。男性の喪服はフレデリック王太子のように、モーニングコートに黒のネクタイ、黒かグレーのパンツが正式。最近はダークスーツで済ませる場合もあるようだが、さすがに次の国王であるだけに、ゲストであっても完璧な装いだ。
メアリ王太子妃は、黒のチュールに羽をつけた帽子でスポーティなシンプルさで気品を漂わせながら、ウエストのペプラムにドレープとボーを柔らかくたらし、シンプルながらフェミニンで、年齢相応の落ち着きを見せている。バッグは、正式のクラッチバッグ。手袋も黒、ストッキングもシアー感があるのが正式なので、まさにルールにのっとった着こなしだ。
ディンバラ公フィリップ王配の葬儀に参列したロイヤルレディたち
最近の大掛かりな葬儀といえば、英国の、エディンバラ公フィリップ王配のウインザー城で執り行われた葬儀だ。パンデミック下ということもあり、列席者は30名に絞られたが、世界中に配信されたので、ご覧になった方も多いだろう。
エリザベス女王が喪服姿で、ポツンと一人で座る写真に、悲しみに心を揺さぶられた方も多いのではないだろうか。この時期の英王室にはヘンリー王子の王室離脱後だけに、色々と噂が絶えなかったが、これを救ったのは、ケンブリッジ公爵夫人キャサリン妃の、毅然とした態度、節度と気品にあふれた立ち振る舞いと喪服姿だったと評判になった。
世界が注目したキャサリン妃の品格を感じさせる装い
普段は公式以外のカメラと視線を合わせないのが王室の規則と言われているが、きりりとした視線で、車中からレンズを見据えるクローズアップ写真には、美しさと悲しみが宿り、王族ならではの、品位に満ちて、改めて英王室の格式の高さを、知らしめる1枚となった。
ロイヤルファミリーだけに、宝飾品とのマッチングにも故人とのゆかりのあるジュエリーが選ばれることが多い。パールのチョーカーは70年代に来日されたエリザネス女王に、日本政府から贈呈された日本の養殖真珠。その後王室御用達のジュエラー「ガラード」によって、チョーカーにアレンジされた。
パールとダイヤモンドのドロップイヤリングも、元はといえば、エリザベス女王のご成婚祝いにバーレンの君主より贈られた7つの真珠のうち2個を使って製作されたもの。
両方とも、エリザベス女王より貸与されて着用したものだが、2017年のエリザベス女王とフィッリップ王配の結婚70周年を祝った時にも同じセットで付けており、女王夫妻への敬愛の念を改めて表したジュエリーの選択と言って良いだろう。
キャサリン妃が着用したのは、目深までヴェールをつけたフィリップ・トレーシーのトーク帽。ローラン・ムレによるドレスは、スリムなシルエットの長袖のミディ丈で、膚を覆う、これぞ喪服のお手本というデザイン。露出のないドレスに、胸元で、大きなドレープを控えめに棒結びにし、厳かさと同時に、女らしい柔らかさを感じさせる絶妙のバランスは、堅苦しすぎず、キャサリン妃らしい優美さも漂う。
手元には黒のクラッチバッグに手袋を持ち、黒のシアーストッキングという足元も完璧にマナーに準じた着こなしだ。
いとこエリザベートの葬儀に参列したシャルレーヌ妃
モナコ大公のいとこエリザベートの葬儀に参列したシャルレーヌ妃は黒レースのカトリックヴェールを被り、シンプルながら、長袖にルーシュやティアードで切り替えたスカート部分などで柔らかさを出したドレス姿だ。1世代前の王族とは違い、肩肘張った重厚さより、軽やか女らしさの中で喪の心情を表している。
元閣僚の葬儀に参列したレティシア妃の喪服姿
スペイン憲法の立役者と言われる元閣僚の葬儀に参列したスペインのレティシア妃の喪服姿も過不足のなさがミニマルな装いとして称賛を浴びた。
寒い3月という時期だったため、レティシア王妃が選んだのは、シンプルこの上ないCAROLINA HERRERA(キャロライナ・ヘレラ)のコートドレス。共布ベルト付きのテーラードだが、バックに少しボリュームがある、フィット&フレアーのシルエットで、知的な印象と同時に、フェミニンな気品も漂う。
ただ略装なのか、クラッチバッグは持っているが、黒のストッキングやヘッドドレスは着用していない。アクセサリーは小ぶりのピアスだけで、ジュエリーもなし。レティシア妃の立ち姿の美しさだけが、ドレスの簡潔な装いを引き立てていた。その意味では私たちにも参考になり、お手本にしたいスタイルのひとつだ。
急な葬儀への参列もある。英王室には、外遊する際、万が一、留守中に王室関係者がなくなった場合に備えて、必ず喪服を準備するというルールがあるそうだ。帰国の際、着替えて、機内から喪服で登場するためだという。
そういえば、離婚したダイアナ元妃は、暗殺されたジャンニ・ヴェルサーチの葬儀に、ほとんど着のみ着のままという風情で駆けつけている。胸元に深いスリットが入ったヴェルサーチのノースリーブのジャージードレスの上に黒のジャケットを羽織り、大粒のパールネックレスがアクセントになっていた。仕立てる時間もなく、きっと所有するヴェルサーチの服を組み合わせたのだろう。礼を失せず、ヴェルサーチへの愛惜と動転した気持ちが伝わってくる装いは、今でも歴史に刻まれるスタイルのひとつといえるであろう。
改めて考える喪服のルールとは?
気持ちが伝わるのが、一番だが、葬儀はセレモニーだ。それだけに喪服には守るべきルールが存在する。喪服とは、亡くなった人やその家族と親しかった人々が、哀悼の意を表するために着るというのが喪服の役割だからだ。
カジュアルになってきたとはいえ、女性のアクセサリーは、黒か白のパールか、ジェット、または黒のオニキス。バッグは布製の装飾のないもの、クラッチがより正統だ。ストッキングも黒。タイツはNG だ。靴は5センチ以内のヒールのパンプスが基本ルールである。
ただ、最近は亡くなった方にも、お気に入りの服を着せて送り出したりと、少しずつ喪における習慣にも変化が出てきているのは確か。だが、それはあくまでもパーソナルな判断なので、まず意識すべきは、正統のマナーと姿勢の良い立ち居振る舞いではないだろうか。
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- PHOTO :
- Getty Images
- WRITING :
- 藤岡篤子
- EDIT :
- 石原あや乃