英国コーンウォールで開催されたG7(先進国首脳会議)で、話題をさらったのは、意外や初の外遊であったアメリカの大統領夫人ジル・バイデン(以下ジル)であった。

早々の記者会見では、お得意のジョークが炸裂。背中に「LOVE」と大書きされた黒のジャケットを着て「私たちは米国から愛を携えてきました」とユーモラスに強調した。
大統領専用機の客室乗務員に扮し記者たちにアイスクリームを配ったりと、 サプライズ好きのジルにとっては、このくらいあっと言わせるのはお手の物だろう。

このZADIG & VOLTAIRE(ザディグ エ ヴォルテール)でカスタマイズしたジャケットは、新調でなく、選挙キャンペーン中にも、たびたび愛用していた。当時は強さを印象付ける、黒ずくめで着たり、シルバーメタリックのアクセント付きのブーツと合わせたり等、パンキッシュな感じさえ漂った着こなしだった。
G7(主要7カ国首脳会議)では、新進のデザイナーが手がけるブランド、BRANDON MAXWELL(ブランドン マックスウェル)の水玉のドレスと合わせ、首脳会議にふさわしくレディライクに着こなしている。
公務では巧みな配色で世界中を魅了

エリザベス女王とお茶を飲みながら時間を共にした際には、ADAM LIPPES(アダム リップス)のパウダーブルーのスーツを上品にVALENTINO GARAVANI(ヴァレンティノ ガラヴァーニ)のヒールと合わせた。「最も自分に似合うブルー」と自負している、自身のシグネチャーカラーで臨んでいる。
ジョー・バイデンとの長い選挙キャンペーン生活で、鍛えられた知恵(最大公約数的なファッションでは、今の時代センスが疑われるし、目立ちすぎるのも派手好きと思われ禁物だ)がさりげなく披露された形だ。

キャサリン妃とともに訪れた現地の小学校の視察では、オーキッドピンクのブレザーに白いドレスという、大胆かつ、清潔感溢れる華やかさを見せ、キャサリン妃の、ALEXANDER McQUEEN(アレキサンダー・マックイーン)の真紅のワンピースというフォトジェニックな装いと相まって、地味なG7のニュースに文字通りカラフルな話題を提供している。
学校ではスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリの活動に着想を得た絵本「グレタとよくばりきょじん(原題:Greta and the Giants)」を教材にした授業が行われており、気候変動対策が課題のG7ともリンクした内容ということでも話題になっている。
現役のキャリアウーマンとしての顔も!米国初の兼業ファーストレディが誕生
米国の若きデザイナーをタイムリーに披露し、ジョーク好きのキャラも合わさって、アメリカ人らしいフレンドリーさが発揮された国際会議デビューであったが、さて、一見すると、ブロンド美人のお嬢様が、そのまま歳を重ねたような家庭夫人に見えるジルだが、意外な、本人も自負する肩書きがある。
実は、ジルは教育学で博士号を持つ。プロフェッショナルな教育者として、36年にわたり教壇に立ち続けており、夫が大統領に就任した現在も、有給の仕事を続ける初のファーストレディなのである。

副大統領夫人の時から、ホワイトハウスのホームページではセカンドレディの呼称とともに「Dr. JILL BIDEN」と書かれ、夫に同行した「エアフォース2(副大統領専用機)の機中で、レポートの添削をしていたなど、逸話も多い。
「幼い頃から自分でお金を稼いで自分のアイデンティティを持ち、キャリアを築いていきたいと思っていた」(2008年US版VOGUE)と語り、結果として取得したのが4つの学位だ。1975年に文学士号、その後ふたつの大学で修士課程を終了。55歳の時にデラウエア大学で博士号を取得した。
修士号は子育てと仕事と両立しながら取得し、普通は、引退を考えてもおかしくない年齢で挑戦した博士号取得など、ジルの向上心と教育への情熱は並々ならぬ努力で裏打ちされている。
現在の職場は、アメリカで2番目に大きいコミュニティカレッジ「バージニア州北部コミュニティ・カレッジ(NOVA)」のアレクサンドリア・キャンパスだ。バージオニア州北部公立高校の卒業生の20%が進学していると言われる公立の2年制大学である。
地域住民が入りやすいように、学費が安く、入学難度が低いのが特徴で、近年アメリカでも注目されている大学だ。2009年から所属しており、人文社会科の「発達英語」など複数のコースを教えている。人種や文化の多様化が進むアメリカの実情に合わせ「コミュニティカレッジは、アメリカの教育システムの重要な部分である」と、幅広い人たちが教育を受けられる場を選んでいるのも、ジルの信念だろう。
ジルの熱意が最も伝わってくるのが、ホワイトハウスのホームページだ。スペイン語の表記も入るなど、リニュアルされたホームページには、「Dr. JILL BIDEN」とファーストレディより大きい文字でタイトルが付き、コミュニティカレッジの教育者と説明がついている。まさに本職は教育者と述べているのである。
「ファーストレディ」より大きい職業タイトルがつくファーストレディは、ホワイトハウス始まって以来ではないだろうか?
プロフェッショナルな女性としての苦悩も

だが、新しい時代のファーストレディの誕生を、面白おかしく取りあげる人もかたや存在する。SNSやホワイトハウスで公式に「Dr.」と言う呼称を名乗ることに対して、新聞「ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)」に揶揄するような否定的な寄稿文が掲載されたのだ。
「Madame First Lady—Mrs. Biden—Jill—kiddo(大統領夫人、バイデン夫人、ジル、おまえ)」、と言う呼びかけで始まる記事は、医者以外でドクターと名乗るのは滑稽だと述べている。しかし、博士号を持つ人がドクターと名乗ることには何の問題もないのは、明らかなことだ。
当然のことながら、猛反撃に合い「彼女が男性だったら書かれなかった」と筆者のダブルスタンダードが指摘され、ミシェル・オバマも「これは多くのプロフェッショナルな女性たちに起きること、成果が頻繁に懐疑的な視線に晒され、嘲笑されることすらある」と抗議し、オバマ前大統領やヒラリー・クリントン元国務長官も批判のコメントをSNSに投稿している。
ジルも、あえてWSJの名前は出さずに「私たちの娘たちの功績が貶められるのではなく、讃えられる世界をともに作っていきましょう」とコメントを発表。
ミシェルが指摘したように、ジル・バイデン博士に向けられた視線は、多くのキャリア女性が体験してきたもの。この現実を改めて浮き彫りにした騒動であった。
まだ就任して半年足らずというのに、理不尽な批判も受け、ファッションでも、黒レザーのミニスカートにブーツ姿などで堂々と登場し、すでに話題に事欠かないファーストレディなのである。
人格が現れる「ブランド選び」のセンスも話題

就任式のコートアンサンブルは、当初無名であった「MARKARIAN(マルカリアン)」を着用、デザイナーのAlexandra O’Neill(アレキサンドラ・オニール)は、一夜で時の人となった。

就任式後のパーティには、創立間もないGABRIELA HEARST(ガブリエラ ハースト)の白いコートと、全米の州花が刺繍された清楚で華やかなドレスをチョイス。ファーストレディならではの心配りを見せた。

サステナブルファッションの旗振り役としても注目されるガブリエラ ハーストは特にお気に入りのようで、以前にも、前面にフリンジが配されたドレスを度々着用している。ミシェルさんに学んだ「時代や国民との共有意識」を感じさせるセンスは素晴らしい。
おおらかな人柄を感じさせる大胆な花柄ワンピースも印象的

花柄もお気に入りの一つのようで、OSCAR DE LA RENTA(オスカー・デ・ラ・レンタ)の黒の花柄のワンピースはフォーマルな席で。そして、DOLCE & GABBANA(ドルチェ&ガッバーナ)の大きな花柄のワンピースも、選挙キャンペーンで好んできていた洋服のひとつである。
ジョー・バイデンの熱烈なアプローチにより結婚

ジョー・バイデン大統領が、アルバイトで出演したジルの広告写真を見て、ブラインドデートを申し込み、5回もプロポーズを重ねて、やっと結婚にこぎつけた恋女房でもある。

たおやかな笑顔に強い意志を秘めたジル・バイデンの活躍は、これまでなかった新たな分野も切り開く予感に溢れている。
東京オリンピックでは、単独の来日になるとのことだが、どんなファッションを装い、どんなサプライズで楽しませてくれるのか、今から楽しみである。
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- TEXT :
- 藤岡篤子さん ファッションジャーナリスト
- PHOTO :
- Getty Images(Image)
- WRITING :
- 藤岡篤子
- EDIT :
- 石原あや乃