「エイジズム」のモヤモヤを吹き飛ばす、素晴らしき名女優
「目指せ! ヘレン・ミレン」。子供じみているかもしれないけれど、そう思わずにはいられないほどヘレンは素敵だ。無敵と言ってもいいだろう。
年齢は関係ないと世の中の流れは変化しつつあるけれど、現実には「エイジズム」は根強く存在する。特にリーダー的な女性にとって、30〜40代前半の管理職は、まだ若すぎると思われるし、50歳すぎると更年期があって、安定感がないと思われる。60歳過ぎると、自分の能力を証明し続けなといけない。男性に対しては「働き盛り」という表現が根付いているが、女性にはリーダーになる適齢期はないのだろうか?
仕事をもつ女性なら、何かしらこんなモヤモヤを抱えているだろう。そしてロールモデルとして目指す先輩はどんどん少なくなる。しかし、ヘレン・ミレンは違うのだ。
英国の女優、ヘレン・ミレンは現在78歳。2003年に大英国勲章を受賞し、「デイム・ヘレン・ミレン」と”デイム“の称号をつけて呼ばれることもある。映画『クィーン』で第79回アカデミー主演女優賞、第63回ヴェネチア国際映画祭女優賞、第64回ゴールデン・グローブ賞主演女優賞を受賞したほか、カンヌなど国際映画祭でも主演女優賞に輝いている。また、舞台やテレビ番組でも、トニー賞とエミー賞を複数回受賞。その他数々の批評家賞を受賞している。
エンタメ界の頂点にある賞は全て受賞したいわゆる「三冠王」であり、それ以外にも名だたる賞総なめの名女優である。
作品に恵まれたこともあるだろうが、実力があってこそだ。最初のカンヌ映画祭主演女優賞は39歳で受賞し、2度目は49歳。受賞の嵐であった『クィーン』のアカデミー賞に至っては61歳のときである。美貌や若さの魅力で手に入れたわけではない。
『クィーン』の受賞と共に、エリザベス1世を演じたテレビミニシリーズ『エリザベス1世〜愛と陰謀の王宮』でも第58回プライムタイム・エミー賞の主演女優賞を得たことから、エリザベス2世本人から夕食会に招待されたが、辞退し、物議を醸したことがある。
だが、他意はなく、本当に撮影のためスケジュールが合わなかったらしい。撮影スタッフなど、多くの人に迷惑をかけてまで自分の名誉のためだけにおもねったりはしない、毅然としたヘレンらしい一本筋が通ったエピソードである。
若い女優とは「格」が違う!自然体のカッコよさに惚れ惚れ
英国ロンドンでイレーナ・ヴァシーリエヴナ・ミロノヴァとして誕生。父親はロシア帝国貴族であったが、ロシア革命により亡命。母親のキャサリンは英国人だ。
最初は両親の勧めもあって師範学校に通ったが、中退。ナショナル・ユース・シアター、ロイヤルシェイクスピア・カンパニーで舞台女優としてキャリアを始めた。その後は映画やテレビにと、1968年から2023年の今年まで55年間にわたり、コンスタントに活躍し続けている。
年齢を重ねるに従って役柄も広がり、ますます演技力の評価が高まるという魅力溢れるキャリアの積み方だ。
1997年に、52歳で映画監督のテイラー・ハックフォードと初婚。互いの才能に惹かれあって伴侶となった。今年で、結婚26年という大人同士の成熟した結婚を感じさせる。「私には母性がないから」というヘレンの意志で子供はいない。こういう決断も潔く思う。
筆者は映画好きなので、ヘレンのほとんどの作品は見ているが、初めてヘレン・ミレンを意識したのは2011年に日本公開された映画『RED/レッド』だ。コミックを下敷きにしたアクションコメディで、タイトルは「Retired Extremely Dangerous(超危険な年金生活者)」の頭文字をとったもの。
主演はブルース・ウィリス。主な登場人物は、全員が60歳を超えている。引退したCIAや元敵国のスパイが若い現役CIAなどを手玉に取り、大活躍というまさに抱腹絶倒のオスカーなどとは無縁の娯楽映画だが、ヘレン・ミレンが凄かった。引退した元スパイで悠々とペンション経営を楽しんでいる63歳の役柄。主人公の若い恋人役も登場するのだが、女性としての魅力と存在感が、演技とはいえ、別格のカッコよさだった。
ハイヒールのイブニングドレス姿の小股の切れ上がった感じや、かつて敵国のエージェントであった元恋人が、今も彼女に思いを寄せ、時に応じて甘いセリフを吐くのだが、それを受け止めるヘレン・ミレン演じるヴィクトリアの現役感ときたら、惚れ惚れする女っぷりであった。口説くほうも、口説かれるほうも全く不自然さがないのだ。
想像するに、この女性像は演じてきた幾多の役のなかで最もヘレン・ミレン自身をリアルに投影したものではないだろうか? 女優という職業では旬を過ぎたといわれることもある年齢で、恋焦がれられる役を演じて、何の違和感もない。映画も面白く、続編も制作された。
「オールドはゴールドよ!」年齢を重ねるごとに魅力を増す堂々たる姿
“奇跡の70歳“のブリジット・マクロンもそうだが、ブリジットよりはるかに年上のヘレンは、女性としての現役感が持続しているのが素晴らしい。
フランソワーズ・サガンの小説『ブラームスはお好き?』で、「私はもうおばあさんなの」と15歳年下の恋人に悲痛な別れを告げる39歳のヒロイン、ポール。1959年の作品なのでさすがに古すぎるかもしれないが、10歳ほど年齢を上げれば現代でも同じセリフが通用しそうな、「年齢」というハードル。歳を重ねるというのは、自身が求める「自由」と、周りからの視線、モラル、規制などとのバランスが、さまざまなところで求められてくる困難も伴う。
ヘレン・ミレンは、「ブラジャーを焼き捨てる」ようなフェミニズム、いわゆる「ウーマンリブ」の世代でもある。「母性の無さ」を理由に子供をつくらなかったように(養子もなし)、世の中の流れとは関係なく、自分の意思を貫く強い意見を持っている。
ヘレンは70歳でロレアル・パリのアンバサダーに選ばれた。そのとき放った言葉が「歳を重ねることは“old”ではなく“gold”よ」であった。2023年10月のパリコレクションの最中に開催されたロレアル・パリのランウェイでも、堂々とロングのブロンドをなびかせ、シルバーのケープドレスで舞台を闊歩した。同年5月のカンヌ映画祭のオープニングでは、ブルーに染め上げた髪で、ブルーのトータルカラールックで登場して話題になった。
年齢と共にどんどん自由になってゆく、そしてよりゴージャスに美しくなってゆく。何よりもナチュラルな外見が共感を呼ぶ。
ヘレンのファッションに対する態度も、素晴らしく積極的だ。歳を重ねると敬遠しがちな赤やピンクを堂々と着こなす。それは自分に似合う色をいつだって知っているから。白黒はもちろん、ドルチェ&ガッバーナの大きな花柄や髪までピンクやブルーに染めたトータルカラーのイブニング、豹柄などのカラフルなものから、シックな黒いレースや英国調まで、まさにファッションを生き生きと楽しんでいる。
フォーマルな席でもカーディガンを羽織るなど、彼女独特の着こなしは、カジュアルで、ガーリッシュなところもあり、大袈裟ではないが、「決まっている」のだ。丁寧に気を配り、着たいものを着る。レッドカーペットで白のシャツやパンツを合わせるなど、華やかな席にも自分らしさを押し出す。抜群のファッションセンスだ。
そしてそれは、「エイジズム」に対するメッセージにもつながっている。
どの年齢でも失うものもあるし、得るものもある。想像できない魔法のような瞬間の積み重ねを楽しんで生きることに、年齢を重ねる意味があるのでは?
配慮はあるが遠慮はない、無意味な忖度もない。「私たちは年をとる。それはわかってる。だからこそ、できるだけ見た目も気分も最高の自分で毎日過ごしていたいのよ」と語り、自分のいまの時間を楽しむ自信に満ち溢れたヘレン・ミレンの生き方は、私たちに勇気を与え、「エイジズム」の固定観念を破る理想的な答えを体現している。
貫禄がありながらチャーミング! "オスカー女優”と一言で表してしまうには、魅力が多すぎる。やっぱり、ヘレン・ミレンは憧れのメンターだ。
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- TEXT :
- 藤岡篤子さん ファッションジャーナリスト
- PHOTO :
- Getty Images
- EDIT&WRITING :
- 谷 花生(Precious.jp)