雑誌『Precious』7月号では、【「いなし」の流儀】と題し、人気ポッドキャスト番組でもおなじみのジェーン・スーさんと堀井美香さんに、改めて、「いなし」について聞いてみました。
共に会社員経験があり、“率直すぎる”名言・金言が大人気のふたりが考える大人の「いなし」とは…令和に必要な「いなし」の心得についてお届けします。
いなす【往なす/去なす】
1.攻撃を簡単にあしらう。また、自分に向けられた追及を言葉巧みにかわす。
2.相撲で、急に体をかわして、攻撃に出ている相手の体勢を崩す。
3.和服の襟を後方に押し下げる。襟をぬく。
4.去らせる。行かせる。
5.実家に帰す。離縁する。
6.ばかにする。悪口を言う。
類語:避ける・よける
相撲でとっさに体をかわし、攻撃をそらすことを「いなす」といいます。いなされた側はバランスを崩してよろめく―。
今年の2月、上川陽子外務大臣が「このおばさんやるねえ」「そんなに美しい方とは言わんけど」と言われたことに対し、「どのような声もありがたく受け止めている」という発言が、「見事ないなし」と注目を集めました。
まともに受けずにかわす「いなし」とは何か。それは、ビジネスで人間関係で、必要なスキル? そのトークが幅広い層に支持されるジェーン・スーさんと堀井美香さんに、改めて、「いなし」について聞いてみました。
人気ポッドキャスト番組のふたりがトーク。令和に必要な「いなし」の心得
『ジェーン・スーと堀井美香の「OVER THE SUN」』が幅広く支持されるスーさんと堀井さん。共に会社員経験があり、“率直すぎる”名言・金言が大人気のふたりが考える大人の「いなし」。
―先日、麻生太郎氏の発言への上川陽子外務大臣の対応が「見事ないなし」だと注目を集めましたが、どのように感じましたか。
スーさん(以下敬称略):彼女もギリギリのところで闘っているんだなと思いましたね。今の時代に政治家として全うするには、あの発言が精一杯だったのだろうね。
堀井さん(以下敬称略):いなさず、もっと闘うべきだという意見もありましたが、自分のカロリーをむだに使わず、周囲の雑音を収めて前に進むという意味では最適解だった気もします。
スー:「抗議するべき!」と、上川さんにすべてを背負わせてしまうのもちょっと違うしね。
「『いなし』は自分のガス抜きになる。気分が悪いことは伝えたい」(スーさん)
力がないからいなす。でも今ならなんだって言える
―「いなす」にはどんな印象がありますか。
堀井:かわすより、もう少し相手に負荷をかける印象ですね。私が30年前に入ったテレビ業界はまだ男社会で、暴れ馬のような人たちの不適切発言を女性の先輩方はまさに軽やかにいなしていました。冗談で返したり、同調したと見せかけてその場をさっと切り上げたり。セクハラやパワハラ発言のようなものにいちいち抗議する暇はなかったけれど、私もちくりと刺す言葉で返すことはやっていましたね。
スー:「そんなことを言うあなたが心配です~」感を出したり。
堀井:「それ言っちゃって大丈夫ですか」「今の発言で2億円とられますよ~」と言いながら「社会的にアウトです」と伝えたりね。流さず、その場でひと言放ってけりをつけることが大事な気がしています。若い頃は何か言われて感じるモヤモヤの正体がわからず言い返せないこともあったけれど、今はなんだって言えるじゃない?
スー:「オバサン」と言われたら「なんだい、じいさん」と言い返せるしね。いなすとは、取り合わないことだよね。
堀井:スーさんが提唱している“50歳からの舌打ち論”もいなしの手法としてはありだよね(笑)。
スー:オバサンが舌打ちすると、無礼な相手もぎょっとして、ムードが一変しますからね。でもこれは、私のようなふてぶてしい人間だからできることで、組織の中でやるのは難しいと思うけれど、せめてこちらの気分が悪いということをわからせたいじゃない。
堀井:かなり昔、仕事で罵声を浴びせられ、その場で謝罪したのですが、その理不尽な責められ方に納得がいかなかった。だからあえてその直後に相手が大勢に囲まれている場で再度謝りましたね。相手がどんな「アウト」を私にしたのかを周囲に印象づけるための、自分なりの抵抗だったと思います。
スー:ストリート的なやり方としてね。私がおもしろいと思ったいなしは野村沙知代さん。かの“ミッチー・サッチー騒動”で浅香光代さんから痛烈に批判されたときの「金持ちケンカせずよ」ほど、パンチのあるいなしはないと思う。いなして取り合わないことは相手が恥をかくことにもつながるし、自分のガス抜きにもなるしね。
「不適切発言を流さず、その場でけりをつけるときには『負けて勝つ』やり方も」(堀井さん)
―「いなすべきではない」シーンはどんなときだと思いますか?
スー:私は基本的に、傷つくこと、嫌なことを言われたときにいなすのは不適切だと思っています。ミッチーとサッチーには力関係に差がなかったからあのいなしがおもしろかったけれど、いなしは一般的に、力の差がある状況下で下にいる者の処世術として求められる傾向があるでしょう?
堀井:立場も力もないからいなすしか方法がない。でもそれだと、不埒な人には何も伝わらない…。
スー:そう。だから旧来型価値観べったりの世界で苦労しながらその先を目指しているような上川大臣の思いも理解できる一方で、彼女の発言を賞賛はしたくないんですよ。その行動が肯定されてきた結果が今なので。私は会社員時代、オジサン連中をいなす先輩を見て「これが賢いやり方なのか」と思ってしまったけれど。私たちは下の世代に同じようないなしや忖度をさせないようにしないといけないと思う。
「立場も力もないからいなすことになる。当人同士の問題にせず、周りも意見を」(堀井さん)
いなすは美徳じゃない。嫌なことは嫌と言うべき
堀井:私はスーさんの考えにたどり着いたのは最近のことで、組織内で面倒な人と思われないように空気を読み、場を和やかに収めることを優先していると、いなすことが後の世代にどう作用するかに長い間気付けなかったんですよね。
スー:現実にはそうせざるを得なかった人が多いと思う。嫌な思いや、不当な扱いをなかったことにすることを賢いとすることはもうやめたいよ。女性でも男性でも。そもそも、いなし上手とされるのはいつも立場の弱いほうだし、乱暴な言葉を放った相手の心をざわつかせないことが女性の理想とする風潮は気持ち悪い。嫌なことは嫌だと言いたいな。
堀井:スーさんがけなげな女性を描く時代小説を読まない理由もそれだよね。私は、亭主のために今日も着物を売りに…という藤沢周平的な女性に涙するけど(笑)。
スー:女だけが耐える美学が無理で。理不尽な仕打ちに耐えることを美徳としないことは、私たちプレシャス世代が最もアップデートするべき価値観だと思う。だからといって、常に闘えということではなく、いなすより、ちょっと不協和音をつくるだけでも状況は変わる。今の私たちは不埒な人がどうすれば気持ちよくなるのかがわかるじゃない。相手の書いたとおりに台本を読まない勇気をもつことが、令和のエレガンスだよ。
「傷ついたときはいなさず闘うこと。いなしの文化をしたの世代に継承しないこと」(スーさん)
堀井:いなしに徹しすぎず、ときには「やめてください」と態度を硬化して正面から伝えるのは、相手の気が乗らなくなる方法としてもあるよね。当人同士だけの問題にせず、周りの人がちゃんと突っ込むことも大事よね。
スー:個々がそうすれば社会は変わっていくし、下の世代への負の遺産も小さくできる。エレガントな所作とは、嫌な思いをしたことを相手に気け取られずにやりすごしたり、常に物わかりよくいることではなく、自分のテリトリーに立ち入らせない毅然とした態度のこと。あと、自分が傷つけた相手に対して、「そう受け取るほうが悪い」と言う人がいますが、受け取り方は関係性で変わるから、そこを理解したいよね。
堀井:それ、私たちもやらないように気をつけなくちゃですね!
【さらりと、でも、ぴしゃりと。いなしながらも闘える返し方】
闘う必要がない無神経な発言や、面倒くさい人と思われるのが得策ではないときは、さらっといなして終わらせる。でも、嫌な思いをしたときは、きっちり否定してけりをつける。スーさんと堀井さんのコツは、“ちょっと不協和音をつくる”です。
●適切な返しが思いつかなかったら
一旦認めて別の話題に移す。
適切な返しが思いつかなかったら闘う必要のない相手の発言には、認めたフリで話題を変えて発言を封じる。話をその場で終わらせる。
●傷ついた自覚があるとき
「いなす」は必ずしも美徳ではない。相手の気分をざわつかせないようにすることは、賢い人ではない。
傷ついた自覚があるとき傷ついたとき、乱暴な扱いをされたとき。いなすことでなかったことにはしないこと。
●ジェンダー差別発言をされたら
「それ、昭和だわ~」「昭和すぎてウケました」(意味:「は? まだそんなこと言ってんの?」)
前時代的な発想であることを冷ややかな笑顔で伝え、相手の話を終わらせる。「まだ昭和は終わってない」と言われたら、「じゃぁ、先に行きますね〜」と返す。
●格下と見ると、タメ口でマウントをとってくる人には
タメ口で言い返す。無礼者には無礼返しで。
例えば、タクシーで無自覚にタメ口をきく運転手さんには、タメ口で返す。相手にそれ以上舐められないように。同じテンションで返すと態度が変わる。ふてぶてしい態度でいると、そのうち言ってこなくなる人は意外といる。
●無神経な発言であることをわからせるには
「すごいがっかりです。◯○さんもそういうこと言っちゃう人なんですね…」ちょっと不協和音をつくる。
その発言で傷ついている、その発言はアウトであることをわからせるために。「あなたを尊敬していたのにショック」な体で。パッシブアグレッシブで相手に罪悪感をもたせる。
●誰かがハラスメント発言を受けていたら
「あの発言、まずかったよ」周囲もちゃんと突っ込むこと。当人同士だけの問題にしないこと。
ハラスメントは、被害、加害の自覚が当人同士では気づけないこともある。目撃したら「それ、おかしいですよ」ときちんと突っ込んであげること。もしくは、後から「あの発言はまずいよ」と伝える。それができるのがプレシャス世代。
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- PHOTO :
- 杉江拓哉(TRON)
- EDIT&WRITING :
- 松田亜子、木村 晶(Precious)