細いペンで紙に描かれた3×4mの巨大な絵画|池田学の超細密画が生む混沌に飲み込まれる

現代アートを前にして、「難しい」と感じさせるものの正体は何か? 作品をちゃんと理解できなければ、現代アートは楽しめないのか? 世界的に評価を高めているアーティスト・池田学の作品から、エディター・ライターの中村志保さんがひも解きます。

Navigator:中村志保さん
エディター・ライター
慶應義塾大学文学部美学美術史学専攻卒。ロンドン大学ゴールドスミス校でファインアートを専攻後、メディア学修士課程修了。『美術手帖』 『ARTnews JAPAN』編集部を経て、エディター・ライターとして活動中。

【今月のオススメ】池田 学 《誕生》

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池田 学 《誕生》 2013-2016 紙にペン、インク、透明水彩 300×400cm 佐賀県立美術館蔵 デジタルアーカイブ: 凸版印刷株式会社(C)IKEDA Manabu, Courtesy Mizuma Art Gallery, Tokyo / Singapore

東日本大震災後に構想を始め、3年3か月を費やした巨大な作品。池田学は、1973年佐賀県生まれ。東京藝術大学大学院修了後、制作を続けながら朝日新聞の法廷画家を務めた。文化庁芸術家在外研修員としてカナダ・バンクーバーに滞在。アメリカ・ウィスコンシン州のチェゼン美術館での滞在制作を経て、同地在住。


現代アートの世界ではよく、文脈(コンテクスト)が大事だと言われます。しかしこの “文脈” とはなんぞや。簡潔に言えば作品の背景にある美術史や社会史に裏付けられるもので、作品の価値の根拠となる部分。なぜその作品をつくったのか? という問いに学問的に応答する部分とも言えるでしょう。これが難しい。

芸術は学問でもある一方で、感受性に響くものでもあるがゆえに、「色は素敵だけど文脈には適っていない」などと批評されることもあって、余計にわけがわからなくなります。かと言って絶対があるわけでもありません。それはちょうど美しい星空にも似ているのではないか、なんて思ったりもします。そこにはいまだ解明されていない天体の世界が広がっていますから。

さて、ここで紹介する池田学さんという作家にはいつも「圧倒的なスケールと超細密画」という言葉が枕詞のようにくっついてきます。作品を眼前にすれば瞭然で、「なんてリアル」とも感じるでしょう。ところがつぶさに見てみると、なんともあり得ない光景なのです。ごつごつとした岩の合間にか細い線路が通っていたり、荒波のすぐ上で花が力強く咲いていたり。現実に存在するものもしないものも混沌と入り混じっています。まるで、想像こそが現実なのかもしれないと錯覚するほどに。真っ白な紙の上に直接描いていくという池田さんの作品は、念入りに下描きをして構築してきたと信じる人間の社会の文脈を打ち壊し、予定調和として語ることのできない宇宙を思わせるのです。(文・中村志保)

◇Information「ジパング  平成を駆け抜けた現代アーティストたち」

日本社会が国際化するなかで技術を進歩させ、日本独自の文化を生み出した平成時代にフォーカスし、令和とその先へと続く日本の現代アートを紹介。池田学の本作も展覧される。

開催期間:2024年12月22日(日)まで開催中
会場:ひろしま美術館

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問い合わせ先

ひろしま美術館

TEL:082-223-2530

EDIT :
剣持亜弥
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