銀座のビルの一室にサロンを構える「ナオランジェリー」は、素材から縫製まですべて国産でつくられるランジェリーブランドです。新規参入が非常に難しいと言われるランジェリー業界で、30歳からブランドをスタートした栗原菜緒さん。「思いやりこそ最も美しいもの」というブランドテーマを掲げシーズンごとに新作を発表、好評を博しています。

ブランド立ち上げからから三年、その道程とこだわりを聞きました。ランジェリーへの熱い想いにあふれたインタビューです。

ナオランジェリー栗原菜緒さん

−——栗原さんがランジェリーデザイナーを目指したきっかけは何だったのでしょうか。
栗原菜緒さん(以下、栗原) 中学2年生のとき、下着姿の自分が「きれいだな」って思ったんです。心と体の変化が大きい中学生の時期で自分に自信を持てなかったんですが、初めて自分を肯定できた瞬間というか。衝撃でしたね。学生のころからお茶やお琴を習ったり、と日本の伝統や歴史、政治に興味を持っていた私は大学卒業後、外務省の非常勤公務員として働くようになりました。外交官を目指していたのですが、断念。好きなことを仕事にしよう、と思いを新たにしたんです。
 好きなこと、というとワインとランジェリーでしたから、まずはワインショップでアルバイトをしました。働いてみた結果、ワインは飲むほうが私には向いているな、と。
 次にランジェリーショップのフィッターとして働き始めました。やりがいがあり楽しかったのですが、心から自信を持って売ることができなかったんです。今思えば、それが女性の体を一時的には美しく見せる補正下着だったからかもしれません。それで、当時の社長に「いつか自分でブランドを立ち上げたいので、勉強のために退職します」と伝えました。ありがたいことに、背中を押していただきました。

−——その後、すぐにデザイナーヘの道が開けたのですか?
栗原 ランジェリーショップを退職したのち、コンサルティング会社に転職をしました。少し回り道をしているかもしれません。でも私はこれまでデザインの勉強をしてきていないからこそ、ランジェリーをビジネスにするためにもマーケティングや経営について知っておきたいと思ったんです。会社員時代は、日本の産業や伝統工芸を発信する業務を担当しました。マーケティング、流通、プロモーションといった業務に関わることができたのは、ブランドづくりと経営への大きな糧となりましたね。そして、28歳で一念発起。ランジェリーデザインの勉強のため、ミラノへ短期留学に行きました。

−——ミラノでの留学はいかがでしたか?
栗原 「デザインは、自分の中にしかない」ということを嫌という程、突きつけられました。フォトショップやイラストレーターの使い方といった実務的なことは習うのですが、デザインをどう考えるか? というのは教えてもらえないんです。「自分は何を表現したいのか?」それにひたすら時間を費やす授業でしたね。「自分と向き合うことがデザインなんだ!」と何度も教授に言われました。そのシンプルさに拍子抜けするとともに、それならすぐにデザインをし始めてしまおう! そう、腹をくくった瞬間でもありました。

ヨーロッパのデザイン性、日本の機能性の「いいところ取り」ができたら

サロン内のトルソー

−——イタリアと日本で、ランジェリーに対する考え方の違いはありましたか?
栗原 やはり向こうは、身体をいかに美しく見せるかに重きを置いています。下着は、アクセサリーのようにオシャレ心を満たしてくれるものという意識が強いかと思います。カップとアンダーの組み合わせによってサイズが細かく分かれる日本とは違い、デザイン重視ですね。サイズも数サイズしかないということもよくあります。
日本だと体を補正するためにワイヤーが入っていたり、バストを盛るためにパットが入っていたり…。実用的な理由で、下着がつくられる傾向も強いかもしれません。でも、日本の生地や縫製技術は世界に誇れる程に素晴らしいんです。だからこそ「ヨーロッパで見かけるような夢のあるデザインで、機能性もあり、なおかつ長時間付けていても心地よいものをつくりたい!」と思いました。
 ミラノに行ったことで、こんなランジェリーをつくりたい、と思い描いていたことの「答え合わせ」というか、再確認ができたような気がします。

−——ナオさんの作るランジェリーは軽くて、付けていて心地良いですよね。
栗原 ありがとうございます。バストにボリュームを出すためのパットを入れていないことも大きいです。パットに自分の胸を合わせていくのでなくて、身に付けて快適なランジェリーをつくれたらと思っています。肌に当たる面積の大きいカップの内側には、100%オーガニックコットンを使用しています。
 最低限の補正で最大限にバストを美しく魅せることができますし、素材がとても良いので、過度に生地を重ねたりする必要もないんです。ワイヤーも、オリジナルでつくっているんですよ。

新規参入困難な下着業界

栗原さんのサロン

———下着業界は新規参入が難しい、ということを聞いたことがあります。
栗原 そうなんです。皆さんが知っている下着メーカーを挙げてみて、と言ったらおそらく片手で足りてしまうくらい少ないかもしれません。それくらい、大手でガチッと占められている世界だと思います。

———それはなぜでしょうか?
栗原 デザイン起こしから縫製までの工程が多いため、お金がかかるんです。パーツも繊細で細かく、そして何よりもサイズ展開の多さです。お洋服なら、S・M・Lサイズでいいところが、カップの大きさとアンダーサイズで15〜20種となってきます。加えて、販売力も必要です。デザインが可愛いから、というだけではなかなか販売に繋がらないんです。

———縫製工場など、取引先はどのように見つけたのでしょう?
栗原 ひたすら自分で調べて、電話して、資料を送って、ですね。縫製工場に関して言えば、今日本の工場はどんどん減っています。日本で売られている衣料品の多くの縫製が、中国などのアジア圏で行われていますしね。
 ほとんどが、電話をかけた時点で断られました。「続くか分からないブランドとは取引きできません」と。こんな未経験の小娘を相手にする余裕がないわけです。10件以上アプローチをして、一件だけ話を聞いていただける工場がありました。すぐに関西にある工場に行き、話をすると「ここまで具体的にやりたいことが明確な人はこれまでいなかった」と言っていただけました。

無事に取引開始。しかし順調には行かなかった

———無事に、取引が始まったんですね。
栗原 はい。最初の発注は7型でお願いしたんです。次のコレクションは、デザインを減らして4型お願いしました。けれど、工場側としては最初の生産量を保って欲しいわけです。だから、7型と同じ金額を請求されてしまったんですね。全ての型の縫製が納得できるものでなかったということもあり、残念ながらお取引は2回で終えました。
 しかも請求はすべて前払いです。大きな企業と違って、「信用」がないので前払い一括。仕上がりに100%自信を持てなかった製品は、引き取って泣く泣く処分したこともあります。苦しかったけれど、「ブランドを守るための大きな勉強」、そう言い聞かせていましたね。

———そうだったんですね。手応えを感じ始めたのは?
栗原 一年前くらいですね、今お取引きしている縫製工場と出会ってからかもしれません。社長が、事前に「ナオランジェリー」のことを知っていてくださいました。これまで、いろんなお取引先に相談を持ちかける際は「どうかつくっていただけませんでしょうか」とお伺いをたてるような姿勢だったんですよね。けれど、初めてお会いしたときに「一緒に長くやってきましょう」と。その想いがとてもうれしかったです。
 昨日も打ち合わせだったんですが、「生産は任してください! 菜緒さんは売ってきて!」そんな声をかけてくれるんです。とても感謝しています。

−——心強いですね。デザインはどうやって?
栗原 昔から(ランジェリーブランドを)やりたい気持ちが大きかったので、つくりたいデザインのストックが結構あるんです。あとは、出合った素材からひらめくことも多いです。レースは、関西のレースメーカーのものを使っています。目を奪われるほど美しいリーバーレースで、海外ブランドからのオファーも絶えないと聞いています。シルクは、主に東北のものを。こちらはパリの展示会で見つけたのですが、世界で一番薄いシルクを作るメーカーさんです。今は1シーズンあたり2,3型を作っています。

−——これまでのデザインで、特に思い入れのあるものありますか?
栗原)どれも、それぞれ思い入れがあるんですが、このワイン色のコレクションの「グランクリュ・ダイアモンド」ですね。
 富士山の麓で手織りでつくられたシルクを使っています。手織りのシルクって、本当に希少なんです。実はこのシルクを織れる職人さんはもう亡くなってしまいました。なので、残っているシルクの生地を全て引き取らせていただいたんです。グランクリュという名前は、私が大好きなワインから来ていますが、そんな一級品のワインのようになめらかで麗しい女性像をイメージしています。

3/4カップブラ「Grand cru diamond」¥17,800(税抜)

———国産にこだわる理由はありますか?
栗原 もともと、外交官になりたかったのもあって、日本の伝統やよいところを世界に伝えられたらという思いからでした。それが形を変えて「ランジェリー」ですが、国内の職人さんと一緒に自信を持って売れるものをつくれたら、と。それを海外の人にも見てもらえたら、日本をPRするひとかけらになれるかもしれない、と思っています。

友禅染めとのコラボレーションもスタート

———今年、京都の友禅染めを使った製品も完成したんですよね。
栗原 去年の春ごろ、日本伝統工芸後継者育成支援団体の方に、「富宏染工」さんを紹介していただいたのがきっかけです。富宏染工は、伝統的な手描京友禅で着物をつくる由緒ある老舗工房です。
 着物をつくる反物は、規定の幅でつくられるんですよね。そのため、着物以外のものをつくろうとするときは、それをデザイナーさんが切って縫い合わせることが多いかと思います。すると、意図しないところでパターンの切り替えが入ってしまうこともあるんですよね。そこで、ナオランジェリー専用のパターンをお願いしました。デザインも色もすべてオリジナル。京友禅さんが、ランジェリーのためだけに型を起こすのは世界で初だったんじゃないかと思います。この秋から受注開始予定です。雲は、縁起のよい伝統的な吉祥模様のひとつなんですよ。

京友禅染めスリップ¥48,000(税抜)
京友禅染めスリップ¥48,000(税抜)

−——新宿伊勢丹にも定期的に出店されていますね。
栗原 はい、伊勢丹でのポップアップは6月で5回目だったんですが、毎回売り上げが上がっています。また、地方への出張販売もおかげさまで好評をいただいています。サロンは完全予約制で、お話を伺いながらゆっくり選んでいただけます。少しずつですが、着実に顧客さんも増えていますね。

———3周年を迎えた今年、今後の展望はありますか?
栗原 海外での販売が夢ですね。あとは、もうすぐオンラインショップが完成するんです。これは地方のお客様からの要望も多かったですし、私自身の念願叶った形です。でもその分、必要とされる場所があれば規模は小さくても出張販売に行きたいと改めて感じているんです。
 サントリーの創始者である鳥井信治郎さんの『美酒一代』という本があるのですが、サントリーブランドを広げるために自分の足でどんなところにも出かけて行ったそうなんです。今でこそ誰もが知るブランドも、最初は泥くさい努力をしていたんですよね。ならば、私もご縁があればどこまででも行きたい! そんな風に思っています。地方に出かけることでまた、新たな素材に出合えますしね。

大手にはない、強みがある

ナオランジェリー栗原菜緒さん

―――ここまでこだわったランジェリー。コストもかかりますよね。
栗原 コストは、高いですね。素材はもちろんですが、パタンナーさんや縫製の職人さんと何度も話し合い、試作を繰り返してやっと一枚を完成させていきますから時間もかかります。
 某大手下着のメーカーの方から「これだけ高いクオリティのものをこの価格(低価格)で販売することは、大手では絶対にできない」と言われたことがありました。つくり手との信頼関係と密なコミュニケーション、そして極上の素材と技術とでつくられる愛ある一枚。それがナオランジェリーの強みですし、それを提供できなくなったらブランドの存在意義はないと思っています。
 素敵なランジェリーに出合うことで、ありのままの自分の身体を好きになれるきっかけにもなります。ぜひ、美しく心地よいランジェリーを肌で試してみてくださいね。


 美しく繊細なデザインと、メイドインジャバンのクオリティ。それぞれを生かしながら作られるナオランジェリーのアイテム。お話を聞いてゆくうちに、ブランドテーマとして掲げている「思いやりこそ最も美しいもの」というその意味が分かったような気がしました。「お取引先でも、友達でも家族においても、相手の事を考えて接することができたら。それが人として、美しいと思った。それを大好きなランジェリーに乗せて、世の中に出していけたらいいなと思ったんですよね」そう穏やかに語る栗原さんが印象的でした。 
 大人の女性ならではのおしゃれを愉しみたいとき、自分を大切にしたいと思ったとき。本サロンに足を運んでみてはいかがでしょうか。

PROFILE
栗原菜緒(くりはら なお)
1984年2月1日、東京都生まれ。学習院大学法学部卒業後、コンサルティング会社に勤務後、for Grace株式会社「ナオランジェリー」を設立。日本文化や歴史、工芸等において前職での経験や、生地を探して日本各地を回り見てきたことにより2016年、文化庁より「日本遺産専門家」として認定。

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PHOTO :
渡辺修身
EDIT&WRITING :
八木由希乃