コスメの歴史のなかで人の記憶に残るアイテムは、そのブランドが独自開発した、ほかにはない「オリジナル」であることが多く、これこそが「超一流」コスメを生み出す根幹に。

そこで『Precious』2月号では、「齋藤 薫さんの記憶に残る、秀逸コスメの出合い年表」企画を展開していました。

ここでは、美容ジャーナリスト・齋藤 薫さんのコスメとの出合いの記憶とともに、その歴史を振り返ります。

齋藤 薫さんの記憶に残る、秀逸コスメの出合い年表

「超一流」コスメが生まれる背景には、研究者たちがブランドの威信をかけて、ライバルと切磋琢磨し、実力ある逸品を開発し続けていることにあります。

コスメの歴史のなかで、研究開発の熱が一気に高まり始めたのが、日用品でしかなかった化粧品を特別なアイテムへと昇華させた70年代。

このころから齋藤 薫さんはつくり手たちのプライド、使命感を感じるコスメに注目し、編集者を経て美容ジャーナリストとなってからは世の中にコスメの素晴らしさを広めてきました。

そして齋藤さん曰く、その時代、時代で感動したコスメ、美容ジャーナリストとして開発秘話に心打たれたコスメは、どれも鮮明に記憶に残っている、とも。

ここで改めてリストアップしてみるとどれもこれも「超一流」コスメの未来へと続くDNAを備えた、力作ぞろいです。

【1970年代】

クリニークの上陸は、自分自身のスキンケアの目覚めと相まって、強烈な印象を残していった。ロジカルなステップがストンと腑に落ちて頭のいいスキンケアこそが美肌をつくるのだという確信を!

やがてスキコンとの出合い……。白濁化粧水の中毒性を知ってからスキンケアは肌ばかりか心を整えるためにも必要なのだと気づく頃」(美容ジャーナリスト・齋藤 薫さん)

化粧水_1
1974年に登場した「アルビオン」の『スキンコンディショナー』は、当時『グランデューク』シリーズの1アイテムだったが、ハトムギエキスの驚くべき美肌効果からこの1品だけが残りロングセラーに。
スキンケア_1
「クリニーク」の日本上陸は1978年。皮膚科学から生まれたコスメで肌診断ツールを使ったカウンセリングが話題に。洗顔、角質ケア、乳液、というスタイリッシュな3ステップに魅了された

日用品だった化粧品を先進技術で高級感を定着させたのが1970年代。なかでも「アルビオン」は独自の乳化技術で、オイルと水を混ぜ合わせることで、美容成分を豊富に含み白濁した化粧水「スキコン」を開発。

また外資系ブランドの日本上陸が増加したのもこのころ。特に「クリニーク」が日本の化粧品市場に、アメリカ流のブランドビジネスを持ち込んだことで話題に。

【1980年代】

「史上初の美容液は夢を叶える魔法のコスメ誕生と騒がれた。美女は夜つくられるという夢を抱いて眠る『ナイトリペア』の至福。

化粧品に宿る神秘性がもたらす多幸感こそお手入れの醍醐味と、1つ上のスキンケアを知るのだ。そうそう、ピテラも謎めいていた」(齋藤さん)

美容液_1
『ナイトリペア』は日本では1984年に登場。当時は女性の社会進出が飛躍した時期と重なり、多忙で疲れ果てた女性が寝る前にこれさえつけておけば、と頼った名品。リニューアルを重ね現在は5代目。
スキンケア_2
1980年に登場した「SK-Ⅱ」の名前の由来はSECRET KEY(秘密の鍵)。発売当時はこのロゴが使われていた。杜氏の手肌が美しいことにヒントを得て、万能美肌成分ピテラ™を開発し製品化した。

保湿ケアだけでは不十分とばかりに細胞レベルの美容理論が注目され始め、現在も愛され続けている超ロングセラー製品も続々誕生。

また1980年代は経済がバブル期に突入したこともあり、各社が競うように高級コスメラインを開発。『クレ・ド・ポー ボーテ』『B.A』など高額コスメブームが起こった。

【1990年代】

「つければ効く、即効性。次々と現れる、これでもかのスーパーコスメ旋風に、楽しく振り回されていた時代。なかでも『フォースC.』の手間のかかる使用法、使ってすぐの劇的な効果の対比に化粧品の新たな可能性を見た。

そして自分にとって最初の超一流品、『奇跡のクリーム』の名を欲しいままにしていた、ドゥ・ラ・メールとの出合いがあった」(齋藤さん)

スキンケア_3
1995年登場の『フォースC.』はピュアビタミン Cコスメの先駆け。まるで果実のオレンジを思わせる鮮やかなパッケージの1回使い切りの小瓶は、お手入れの楽しさ、高揚感をもたらしてくれた。
クリーム_1
1999年に日本上陸し、奇跡のクリームと呼ばれる『クレーム ドゥ・ラ・メール』。もともとは物理学者によって、火傷の治療薬としてつくられたもの。今や万能クリームとしてセレブも多数愛用中。

バブル期を経て、外資の高級名品コスメが続々上陸し、あれこれつけずとも、確実に効果を実感できる高機能クリームが人気を博した。

また紫外線の悪影響にも注目が集まり、美白成分の開発競争が激化してきたのもこのころ。特に美白だけにとどまらず、万能成分であるビタミンCコスメも大ブームに。

【2000年代】

スック顔筋マッサージの提案は、肌から顔へ、筋肉へと、視野を一気に広げてくれた。スキンケアは肌一枚をケアするだけのものではない。

むしろ顔立ちをいかに美しく見せるか?奇しくも顔立ちのエイジングケアに初めて挑んだコスメデコルテ『AQミリオリティ』のクリームこそ、圧巻の超一流品と思い知らされる」(齋藤さん)

マッサージ_1
2003年に登場した「SUQQU」のマッサージクリームは、田中宥久子さん考案の『顔筋マッサージ』という筋肉にアプローチする手技とともに大ヒット。発売当時は淡いグリーンのクリームだった。
クリーム_2
2000年に「コスメデコルテ」『AQ クリーム ミリオリティ』が9万円で登場。そして2009年にラインを確立し、12万円という高価格で『AQ ミリオリティ インテンシブ クリーム』を発売。効果、テクスチャー、容器も贅沢に仕上げた至高の逸品と話題になった。

小顔ブーム、プチ整形ブームが起こり、コスメ業界では「SUQQU」の顔筋マッサージが登場。また、浸透感にこだわったナノテクを搭載した高機能コスメの台頭が目立ち、効くもの=価値あるもの、には投資する傾向に。

加えて化粧品の枠を超え、再生医療を応用した先進技術を搭載した10万円超えのクリームも登場。

【2010年代】

「この10年間ほど化粧品が目覚ましく進化した時代はなかったと思う。今まで理論先行、効き目は曖昧だったエイジングケアのことごとくが本当に効き始めたのだ。

その最たるものが、ポーラ『シワ改善』だった。シワは消せると明快に書けること……それ自体も自分にとって覚醒の時。改めて化粧品が面白くなってきた」

美容液_2
独自のシワ改善医薬部外品有効成分ニールワンRが厚生労働省に認可され、日本初のシワ改善化粧品となった、ポーラ『リンクルショット メディカルセラム』は2017年に誕生。今年の1月にはさらに進化した改良版が登場している。
美容液_3
いち早く細胞の生命活動に着目したブランドが威信をかけ開発した、クレ・ド・ポー ボーテ『ル・セラム』は2013年登場。一時的なハリではなく、肌の根幹を強化して、たるみを解決する傑作品に。

幹細胞コスメ、遺伝子研究に注目したコスメはもはやあたりまえの時代に。さらに厚生労働省が「ポーラ」の「シワ改善化粧品」の成分を認可したことで、ほかのブランドも追随。現在もシワ消しコスメの熱い戦いが続行中。

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ILLUSTRATION :
瀧川裕恵
EDIT&WRITING :
荒川千佳子、五十嵐享子(Precious)