私たちに馴染み深いファッションアイテムの歴史を改めて紐解き、その意外な成り立ちを学ぶシリーズ「服飾の歴史」、今回は冬に暖かい「ファー」素材を取り上げます。
ふんわりとしたやわらかな質感。贅沢で、洗練された印象になるファーアイテムは、人を惹きつける不思議な魅力があります。この素材の歴史は、ひとつのファッションアイテム以上に長く、時代によってはシンボルとしての役割も果たしていました。では、ファー素材が担っていた役目とは一体、どのようなものだったのでしょうか?
■人が衣服を着るようになった時代
人類が毛皮を衣類としてはおるようになったのは、旧石器時代からだと考えられています。狩猟を行い食料にしていた動物からはぎとった毛皮そのものを着用し、防寒具として用いていました。
現代のようにさまざまな繊維や紡績の技術がない時代。自然環境で採取できるものの中で毛皮ほど長持ちする衣類はありません。そして、毛皮のもつ保温性は、寒冷な気候の地域に暮らす人間にとっては欠かせない必需品。衣服によって身体を保護するという役割を考えてみると、人が毛皮を着用したことは必然といえるのではないでしょうか。
そして野生動物の狩猟による「毛皮」は、人類の家畜産業のはじまりによって単なる衣服の枠を超え、装飾性の強いアイテムとして展開されてゆくこととなります。その多種多様な色彩と模様、各種動物の毛皮の美しさや手触りは人々を魅了し、纏うことで自己アピールや権威を象徴する嗜好性を帯び始めるのです。
■富や権力をあらわす毛皮の装飾品
ゴージャスなファーの衣類を想像したとき、肖像画などで毛皮の装飾品を身につけている王侯貴族の姿を思い浮かべる方もいるのではないでしょうか? 14〜15世紀の西欧社会では、毛皮消費量が大きく伸びたと言われています。ヨーロッパの封建時代において、貴重な毛皮を使用した道具や衣類は権力や富の象徴。一種のステータスを表すアイテムとして盛んに用いられるようになりました。
また、国王や領主が臣下に毛皮をあしらった豪華な衣服を贈る習慣もありました。これはヨーロッパ独自の君主と臣下の関係を図る方法のひとつ。社会的ステータスとも言える毛皮を部下に与えることで主従関係を確認し、自身の偉大さを表現していたのです。
■西欧の歴史ほどには、毛皮が浸透しなかった日本
西欧では盛んに毛皮が利用されてきた歴史があることに対し、日本ではヨーロッパほど昔から浸透していませんでした。その理由のひとつが、海洋性で温暖湿潤であった国土の気候。
夏の高温多湿な気候は、微生物や害虫の被害があり、毛皮を劣化させてしまいます。加えて比較的温暖な気候は、毛皮衣類を防寒着として用いる必要がなかったのでしょう。
そんな日本でも毛皮の衣類が爆発的にヒットする時代が訪れます。ファーの衣類に対する新しい流行が訪れたのはバブル期。当時はこぞって毛皮のコートを着用する女性たちが続出しました。
そして特に流行したのがミンクの毛皮のコートと言われています。このブームが毛皮を新たにファッションとして取り入れる潮流を生むことになりました。本来、裸同然だった人類が身体を守るため、権威を表現するために着用していた毛皮の衣服が民間のファッションへと変化していくのです。
■フラッパーにみるファーコートの着こなし
日本よりも昔からファーの衣類が親しまれてきたアメリカでの着こなしを見てみましょう。
1920年代の欧米では、それまで女性らしいとされてきた服装や行動と逆をゆくスタイルがフォーカスされ、そんな女性たちをスラングで「フラッパー(Flapper)」と総称していました。
ちょうどその時代にファッションアイコンとして注目されていたのが、サイレント映画の女優として活躍していたルイーズ・ブルックス。その独特なスタイルは、きらびやかでありながら洗練され、凛とした知的な女性像が伺えます。フラッパーのファッションは濃いメイクに、ショートヘアのボブカットが特徴。
ストンとしたシルエットのファッションは、女性が社会的地位を向上し、働く女性が増えるなかで動きやすいデザインへと変化していきました。もしかすると、さっとはおれるファーコートはそんな強い女性を表すひとつのシンボルだったのかもしれません。
■長い歴史を経てファッションとして浸透したファー素材
今でこそ一般的になったファー素材の洋服。身体を守る役目から、権威を表現するための高価な素材として使われていた時代へと移り、そして経済や文化の多様な発展を経て民間へと広がりました。
日々見かける洋服の素材を辿ってみると、ひとつのファッションアイテム以上に長い時間をかけて、今に存在していることがわかります。そう思うと、旧石器時代から存在していたこの素材がなければ、人の歴史は現在とは違ったものになっていたのかもしれません。
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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- EDIT&WRITING :
- 高橋優海(東京通信社)