私たちに馴染み深いファッションアイテムの歴史を改めて紐解き、その意外な成り立ちをフューチャーする連載企画「服飾の歴史」。
第2回目はダッフルコートを取り上げます。カジュアルすぎず使い勝手の良いデザインは、女性のみならず男性にも人気のファッションアイテム。
そんな冬の定番アウターとして有名なダッフルコートは、意外にその成り立ちについて知られていません。
そこで今回はダッフルコートの歴史とともに、このアウターウェアに隠された秘密をご紹介します。
■ベルギーの街「デュフェル」に由来するダッフルコート
![ダッフルコートはベルギーの街「デュフェル」に由来する。](/mwimgs/d/d/-/img_dd8f6db1261ad3c90eaf50d194adfdb9353873.jpg)
元々、ダッフルコートはベルギーのアントワープ近郊にある街「デュフェル(Duffel)」の英語名「ダッフル」に由来します。
しかし、デュフェルでダッフルコートが実際につくられたわけではありません。
デュフェルでは15世紀から17世紀にかけ織物産業が盛んに行われ、「ファスチアン織り」という綾織りの丈夫な生地をヨーロッパ各地へ送り出していました。
厚手のウールメルトン地で防寒性の高いこの生地は、安価でクッション性に優れており、弾薬箱の内張に使われていました。
そしてこの生地が評判を得て「ダッフル」の愛称で呼ばれるようになり、そのダッフル生地でつくったコートが「ダッフルコート」となったと言われています。
■海で働く漁師たちのアウターウェア
![ダッフルコートは漁師の服として使用されていました。](/mwimgs/3/8/-/img_384a0112d9297c36415cf8a6ba5034d4231395.jpg)
ダッフルコートははじめ、冬の荒れた北海で漁師たちが命がけで漁をする際に着用していました。
短い繊維が密に絡み合い、毛羽だった生地表面は多少の雨や霧、波しぶきを浴びても、水をすぐに吸水しにくくなっています。
水を弾く肉厚なウール素材のアウターウェアは、漁師たちの命を守るためになくてはならない衣服だったのです。
決して贅沢なつくりのコートではありませんでしたが、自然がおりなす厳しい環境と向き合い、海で働く者たちのタフなアウターとして愛用されていたダッフルコート。
漁師たちの作業着として着用されていたこのコートは、その後イギリス海軍に正式採用され、世に広く知られることとなるのです。
■海軍が着用したダッフルコート
![海上でダッフルコートを着用するイギリス海軍。](/mwimgs/2/b/-/img_2b53e753ae428bc9aac92e9a60acc78884820.jpg)
1863年ごろ、南極大陸探検用装備品として海軍正式記録にダッフルコートの名前が出てきます。
ダッフルコートは軍艦の甲板に常備され、海軍の共用防寒着として複数の人間が使い回す装備品のひとつとなりました。
なかでもイギリス海軍たちが最もダッフルコートを好んで着用したと言われています。
故にロイヤルネイビー(王立海軍)たちとの関係も深く、最も有名な出来事のひとつに「ダンケルクの悲劇」があります。
1940年5月24日から6月4日の間に起こった戦闘について、ご存知の方も多いのではないでしょうか?
ドイツ軍によるフランス侵攻が進み、ダンケルクに追い詰められた英仏軍は、この戦闘でドイツ軍の攻撃を防ぎながら、民間船などを動員しイギリス本国を目指します。
周囲を囲まれた逆境とも言える戦場下。ダンケルクで指揮をとっていた将軍モンティは、最後の兵士を逃すときまで現地の漁師にもらったダッフルコートを着ていたと語られています。
将軍という最高地位をもつ者が、ダッフルコートという民間の洋服を最期のときまで着用していたことが人々の記憶に刻まれることとなったのです。
■デザインから浮かび上がる実用性
![マッキントッシュ ロンドン ダッフルコート「ラーウィック」 キャメル ¥129,600](/mwimgs/1/4/-/img_1483e34509faa9a3fb203b3a0933102f48462.jpg)
ダッフルコートといえば、前をボタンではなくトグルで留めるデザインが象徴的。アイコニックなデザインをはじめ、ポケットやフードなどは海で働く者たちの使い勝手を考え、環境に応じ必然的に形づくられています。
・フロントの「トグル」
![トグル](/mwimgs/e/4/-/img_e4019d2d3419367a698720054a8876f0155703.jpg)
極寒の地でもかじかんだ手や厚手の手袋をつけたまま開閉できるように作られた仕様。漁師のコートとして着用されていたダッフルコートは、彼らが漁の際に使用する「うき」をモチーフにトグルがデザインされたという言い伝えもあります。
・大きくつけられた「ポケット」
![ポケット](/mwimgs/a/9/-/img_a9b25256040e7499ec729a4ef70d0a74149946.jpg)
両サイドにつけられたポケットは、手袋をつけたまま手が入れられるよう大きくシンプルにつくられています。現在は上部にフラップ付きのものも流通していますが、英国海軍が使用したものはフラップがありませんでした。
・首元の「チンストラッップ」
![チンストラップ](/mwimgs/1/3/-/img_13978d0f41b355a082dd26fd755572be81938.jpg)
襟元を閉じて冷たい外気が入るのを防ぐのと同時に、コート内の暖かい空気が逃げるのを防ぐためにつけられたチンストラップ。
・肩から背中にかけてカバーされた「ストームパッチ」
![ストームパッチ](/mwimgs/5/8/-/img_58e2de1f326622beb38784b7336a680978000.jpg)
肩から背中をカバーするストームパッチは雨などの染み込みを防ぐためにつけられました。
・頭部を覆うための「フード」
![フード](/mwimgs/9/0/-/img_90de8c50678d5f486ebbbe9da1ed417f44091.jpg)
極寒地で体力を維持するために熱を保存すると同時に発散を防ぐフード。軍用のものは帽子の上から使用することを考慮し大型になっていました。
■ダッフルコートに今も受け継がれるルーツ
![ダッフルコートには海で働く男たちのルーツが受け継がれている。](/mwimgs/0/b/-/img_0bff709c34237ff2cea410d8884fbd1b92571.jpg)
スコットランドや北欧の漁師が極寒の海で寒さから身を守るために着用されたダッフルコート。
イギリス海軍が採用したことをきっかけに知名度を高め、現在では冬の装いに欠かせない定番コートとして親しまれています。
産まれこそワークウェアとして着用されてきましたが、このアウターウェアが辿ってきた道は労働者衣服の境界超え、数々の出来事を世に残してきました。
そしてダッフルコートのデザインには、荒れる海に臨むたくましい男たちのルーツが今もなお受け継がれているのです。
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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- EDIT&WRITING :
- 高橋優海(東京通信社)