「坐忘」とは、表層の意識を取り去り、無念無想になること。自然の中に自分の身を置き、周りと一体になる――。些末なことに追われる日常では、到底できないことです。そんな言葉さえ、意識の外にあったことに気づいたりして。
白樺やナラの木などが生い茂る林の中、坐忘林(ざぼうりん)はひっそりと佇んでいます。無機質なコンクリートの建物は、冬は深い雪に、春は勢いよく芽吹く緑に、四季折々の風景の中に溶け込んでいます。建物の脇には、アンヌプリ山からの湧水が澤となって流れ込んだ小さな池が。澄み渡った水に、3羽のカモが楽しげに泳いでいます。
坐忘林のウェルカムドリンクは、抹茶で一服。流れるようなお点前を目にするうちに、時間の流れが緩やかに変わり、旅の疲れも忘れてしまいます。そして、かすかに香る暖炉の匂いが、気持ちをほぐしてくれます。
大の親日家・英国人オーナーのこだわりがたっぷり
「薪の香りはどんなパヒュームよりもステキ」。
そう語るのは、イギリス人のオーナー夫妻。大の親日家のふたりは仕事やプライベートでたびたび訪日し、日本の芸術や文化への造詣を深めていきました。特にニセコのパウダースノーに魅せられ、毎年楽しみに訪れていたそう。好奇心の赴くままに、高級旅館からさびれた民宿まで泊まったふたりは、やがて自分たちの理想とする民宿をつくることを考えるように。モダンでありながら、伝統美が生きる旅館。その夢を結実させたのが、坐忘林です。
たとえば、館内に飾られた花は、店で買ったものではなく、野から摘んだもの。あちこちに置かれた苔玉は、スタッフの佐藤さん(74歳)が毎朝、山菜やキノコを取りに山に入るついでに、見繕ったもの。庭のツル草や雑草も無造作のようで、実は彩りなどが考えられています。煌びやかではなく、朴訥。あるがままの自然美を見てほしいという思いが伝わってきます。
源泉かけながしの露天風呂に浸かりながら、朝日を浴びる
“MIYUKI”や“YUKIWA”など、雪にまつわる名前の客室はわずか15。館内の廊下でつながっているものの、各戸が独立したしつらえ。客室の間のスペース「棟間(とうま)」は廊下を歩きながらも小窓から愛でることができ、この小さな空間にも季節が感じられます。
アートディレクターはニセコに移り住んで25年のイギリス人ショーヤ・グリッグさん。ローズウッドなどの木材や火山岩、石材、錆びたままの鉄など、建材は自然のままのものを使用し、インテリアも彼がセレクトしています。各戸でデザインや、丘側と林側で眺めが異なるけれど、源泉かけ流しの露天風呂は共通してあります。
早起きをして、ムイネ山から昇る朝日を浴びながら、丘側の部屋の露天風呂にちゃぷん。巨大な岩をくりぬいた湯船からたちのぼる湯気が光の粒をまき散らし、お湯からはひのきの香りがたっています。遠くに5キロ離れた街や山並みを望み、手前には牧草地のうねるような丘。開けた視界に、心も開放されます。
隠れた手間がおいしさを増幅、記憶に残る創作和食
釧路出身の瀬野料理長が生み出す食も、大きな楽しみ。ニセコをはじめ北海道全域からおいしいものを集め、和の技法を巧みに操ったクリエイティブな料理がいただけます。本来、和食は箸を使うものだけれど、素材を存分に味わうためなら、がぶっとかぶりついてもOK。これからの季節は脂の乗った魚や、シカ肉や合鴨などのジビエなど、冬ならではの美食が待っています。
問い合わせ先
- 坐忘林
- 宿泊料/次の間付き和室、洋室ともに¥72,000~(大人2名1室、ひとりあたりの税込料金)
- TEL:0136-23-0003
- 住所/北海道虻田郡倶知安町花園76-4
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- TEXT :
- 古関千恵子さん ビーチライター
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- WRITING :
- 古関千恵子
- EDIT :
- 安念美和子