身長156cmのインテリアエディターDが、おすすめのアイテムを実際に体験しながらレポートする本連載。今回と次回は、久々に訪れたミラノデザインウィークからの注目トピックスをお届けします。
まずは、世界最大規模の国際家具見本市「ミラノサローネ」(正式名「サローネ・デル・モービレ・ミラノ」)の同時期に、街中の各所で行われる展示の総称「フォーリサローネ」(“サローネの外”という意味)から、ドイツの家具ブランド「クラシコン」で発表されていたアイリーン・グレイの原画を基にした新作ラグコレクションの様子をピックアップ。
ミラノ入りの前に南仏・ロクブリュヌ=カップ=マルタンの海辺に立つ別荘『E1027』と名付けられたアイリーン・グレイの代表作に立ち寄っていたので感動もひとしお。時代を経てなお愛され、死後も“新作”発表が続く彼女のデザインの魅力とは⁈ 現在日本でも購入できる彼女の名作家具や、その家具が生まれた代表的な建築作品『E1027』訪問の様子をご紹介します。
アイリーン・グレイの夢を実現した「クラシコン」の新作ラグコレクション
今年のフォーリサローネでクラシコンが発表していたのは、アイリーン・グレイの原画を基にした新作ラグコレクション。ニュージーランドのウールを用い、原画の表現から制作意図を汲んで部分的にシルクを用いたり、もう少しラフな素材を使用したり、ランダムに見えるパターンで短く毛足をカットしたりして忠実に仕立てられていました。
機械仕上げではなく、4~5人の職人が手結びで仕上げる工程なので非常に時間がかかるものなのだとか(!)。クラシコンの広報の方いわく、「アイリーンがいつかラグに仕立てたいと夢見ていたものを、時代を超えて私たちが形にしました」とのこと。
会場に展示されていた原画は非常に小さく、ハサミやカッターで切った線の震えや、絵の具の筆跡や滲み、何度もやり直すタイプだったのか端のほうが黒ずんでいる様子などを目にすることができました。そこには書籍や完成したプロダクトからは感じ取れない、生身のアイリーン・グレイの存在がありました。
死後もなお「新作」が発表され続けるアイリーンのデザインの魅力の源は一体何なのでしょうか? 彼女の作品から少し紐解いていこうと思います。
名作サイドテーブル『E1027』は、恋人と過ごす海辺の別荘の名前が由来
1920年代アールデコの時代に工芸的な作風のインテリアデザイナーとして既に成功していた、当時40代半ばのアイリーン。彼女は「住宅は住む人の殻」と称する自身の哲学に基づき、ル・コルビュジェが提唱する「近代建築の5原則」を反映した創造的な実験の場として初めて建築設計に挑戦します。
建築設計を勧めたのは15歳年下の恋人。建築雑誌編集長で建築家のジョン・バドヴィッチでした。のちに彼女の代表作となるその海辺の別荘には、2人のイニシャルを暗号のように絡めた『E1027』と名付けられ1929年に完成しました。「E」はアイリーン、“10”はアルファベットの10番目の「J」、2は「B」、7は「G」を表しています。
アイリーン・グレイという名前を聞いたことがある方は少ないかもしれませんが、高さが変えられる『アジャスタブルテーブル E1027』をご存知の方は多いのではないでしょうか?
こちらの『アジャスタブルテーブル E1027』は、海辺の別荘『E1027』の寝室のためにデザインされたもの。「ベッドで朝食をとれれば恋人ともう少しゆっくり過ごせる」という、アイリーンの恋する女性の一面と、当時の素材の扱いとしては最先端の「鉄パイプを曲げる」実験家具という野心的なデザイナーの挑戦の両面があって実現した形状です。
あのキャラクターが着想源!『ビヴァンダム ラウンジチェア』
ミシュランタイヤのキャラクターからインスピレーションを受けて名付けられた『ビヴァンダム ラウンジチェア』は、1926年にデザインされ海辺の別荘『E1027』にも採用されました。座るとモッチリとした感触で囲われ、なんとなく安心できる感覚があります。
男性優位の社会で、意図的に歴史から消されかけたアイリーン・グレイ
美しいコートダジュールの海をのぞむ2人のための別荘『E1027』は、「建築は住むための機械」とし土地や住む人の特性に左右されないものと提唱する巨匠、ル・コルビュジェの考えに真っ向から反論するものでした。
竣工当初は賞賛したコルビュジェの態度は次第に変化し、執着するあまりすぐ隣に自身と妻の為の『キャバノン(休暇小屋)』やオフィス、食堂『ひとで軒』、アーティストたちの滞在型コテージ『ユニテ・ド・キャンピング』を建設。挙げ句の果てにアイリーンの許可なく『E1027』に壁画を描いてしまいます。
設計者の彼女の名前は意図的に削られ、バドヴィッチの作品と思われたり、あろうことかコルビュジェの作品かと思えるような壁画の前に立つ写真も専門誌を飾るようになったりもしました。
『E1027』は世界大戦では軍に占領されたり、建物内で殺人事件が起きたりと紆余曲折あり、長年手入れされずにひどい状態のままでした。現在は7年の歳月と約550万ユーロの費用が投じられオリジナルに近い形で修復が行われ一般公開されています。
オークションで何度も“再発見”されるアイリーン・グレイのデザインの価値
アイリーンが94歳の1972年に開催されたパリ・オークションハウスで、クチュリエでアートコレクターのジャック・ドゥーセ氏所有の漆のスクリーンがとんでもない高額をつけたことから再びスポットが当てられます。
そしてファッションデザイナーのイヴ・サンローランが熱心なコレクターになったことで、彼女自身が「バカバカしい」と称したファッショナブルな存在になります。現代のインテリア業界とファッション業界の関係を彷彿とさせるエピソードですよね。
その後、2009年にクリスティーズで行われた「イヴ・サンローラン&ピエール・ベルジェ・コレクション世紀のオークション」において、工芸的な作風の時代に製作した『ドラゴンチェア』が、当時家具としては史上最高額の約28億円で落札され再び注目の的に。
現在、彼女が生前に手がけた家具や原画の一部は、ニューヨークの近代美術館(MoMA)や、ロンドンのV&A美術館に大切に保管されています。
ちなみにクラシコンのラグと共に展示されていた原画の持ち主は、本人の希望から「秘密」とのことでした。ミラノデザインウィークに今年行かなければ見られなかった原画を、『E1027』訪問の直後に拝見できたのはとても特別な出来事に思えました。
旅を愛し、恋をして、素材の探究をしながら死ぬ間際まで創作活動を続けたアイリーン・グレイの自由な生き様は、その作品を通して現在を生きる私たちに今も直接語りかけているかのようです。
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- TEXT :
- 土橋陽子さん インテリアエディター
公式サイト:YOKODOBASHI.COM