北の大地に住んでみたい。一度はそう思ったことがある人も多いのではないでしょうか。
雄大な自然と、大地の恵みを味わえる、力強い食材。爽やかな夏の緑に、真っ白い雪に覆われる美しい冬の世界。その魅力は、簡単には語り尽くせないほど。
北海道に住むということは、そんな自然と共に生きるということ。
雑誌『Precious』2月号では、「美しいひとの美しい部屋」冬スペシャル!と題して、【「北海道で暮らす」ということ】を特集。実際に北海道に移住、または二拠点生活を送るプレシャスキャリアに密着。
今回はその中から、『モダンリビング』のブランドディレクターを務める下田結花さんの「人が集い、つながる家」をご紹介します。
「家は、自分の時間を過ごす舞台。人生の後半をどう生きるか、どう暮らすかを考えたとき、東川が私の舞台となりました」
どう生き、どう暮らし、どう働き、どう住むか
北海道のほぼ真ん中に位置する東川町。この地で二拠点生活を送るのは、インテリア雑誌『モダンリビング』のブランドディレクターを務める下田結花さん。
「50代半ばから、この先10年、20年をどう生きるか、どう暮らすかを家人と話し合っていました。生涯現役を目指す私には、東京の家は必要です。でも、もうひとつ別の場所が欲しいと感じていて。年々暑くなる東京の夏に辟易し、どこか涼しい場所がいいな…と考えていたんです」
そんななか、東川町の近くに住む椅子研究家・織田憲嗣氏に「東川はいいですよ」とすすめられ、自身も仕事や取材などで何度か訪れるうち、この町に本気で住みたいと思うように。
「自然が豊かで、旭岳の地下水を汲み上げた水は驚くほどおいしい。旭川空港から車でたったの15分という立地のよさ、おしゃれなカフェやショップ、図書館なども揃う文化度の高さ。コロナ禍を経てリモートワークも定着し、仕事環境も整いました。もともと母の実家が旭川で、北海道の冬の厳しさもよく知っています。そんなとき、縁あって東川のこの土地と出合い、即決しました」
信頼する建築設計事務所「バケラッタ」の森山善之さんに設計を依頼。
『モダンリビング』編集長として、多くの住宅を撮影、取材してきた下田さんだけあって、建てたい家のイメージはあったものの、それをより明確にすべく、「どう暮らしたいか」を具体的に書き出したとか。
「がむしゃらに働いた30代、40代は、家はただ住むだけの場所。でも、人生の折り返し地点に立ち、後半をどう生きるか考えたとき、家は、ほかの誰でもない自分自身の時間を過ごすための舞台だと気付きました。暮らし方や働き方、住む場所を考え、選び、決めるのは自分。家づくりを通して、家とは何か、を考えるきっかけになりました」
玄関を入って右に進むと、その先は薪ストーブと大きな山桜。「羊のモリー」と名付けたオーガニックチェアに腰掛けて。円錐形のシャープなラインが美しいフロアスタンドは、「フロス」の『キャプテンフリント』。ダイニングテーブルは「リーヴァ」の『リアム』、木製チェアは『PP58』。
「自然と触れ合い、人とつながって暮らしたい。人が集う、みんなの家になればいい」
東川2Mhouse=ふたりとみんなの家
2019年に土地を購入、設計に約1年、着工から竣工までに8か月。2021年3月に完成したこの家は「東川2Mhouse」と名付けられました。命名したのは、下田さんの夫・小石至誠さん。2019年に病気が見つかり、闘病中も家の完成を心待ちにしていましたが、完成した年の秋、帰らぬ人となりました。
「“ふたりとみんなの家”という思いが込められています。設計から家具選びまで、ふたりで相談を重ね、家は私たちの希望でもありました。一緒に訪れることはできませんでしたが、彼が残してくれたこの家は、私のこれからの人生の舞台です」
東には大雪山旭岳、南には十勝連峰。農家宅地だった場所ゆえ、田んぼの先には川と林が広がり、山桜やモクレン、銀杏の木が、さらにはサクランボやナシ、ブルーベリーなどの果樹も。初めてこの土地を見たとき、下田さんはその美しさ、豊かさに胸打たれたといいます。
「この素晴らしい風景を最大限生かすべく、森山さんが提案してくださったのがL字形のプランでした。自然豊かな庭が広がる南に向かって、両手を広げたようにガラスの開口がつながっています。家の中を移動すると、どんどん景色が変わるんです」
これからの人生は、自然と触れ合い、人とつながって暮らしたい。人が集う、みんなの家になればいい。そんな生き方、暮らし方を話し合っていたという下田さんご夫婦のイメージどおりに家は完成し、多くの人が日々、訪れています。
「仕事をしたり、読書をしたり。部屋の中のセカンドリビング的な存在です」
人と人が結びつく、基地のような家
人が集まる場所だからダイニングテーブルは8人掛けを、ゲストルームはベッドを2台、キッチンはオープンに、何人いても家の中である程度の距離は保ちたい、イベントやセミナーができるようちょっと広めに、リビングにはゴロゴロできるデイベッドが欲しい、テラスは広く、アウトドア家具を室内外で使いたい…。
下田さんが当初書き出していたフリーハンドのプランは16項目にも及び、読んだだけで「この家で、どう暮らしたいか」がわかります。とりわけ「人とつながり、人が集う家」というイメージが明確でした。
「この年齢になって改めて、人はひとりでは生きられないということを実感しています。仕事の人間関係だけでなく、ご近所さんや友人との交流が今、楽しいんです。桜の季節は室内から夜桜を見たり、自宅でフリーマーケットを開催したり、クラフトのワークショップを楽しんだり。それは、この家があるからできること。この家は、人と人とが結びつく場所でもありたいと思っています」
この日も取材後、町主催のクリスマスマーケットの打ち合わせがある、と下田さん。今後はオープンハウスの開催や移住者の支援、織田コレクションを集めたデザインミュージアムの実現など、自治体と共にできることをやっていきたいと語ります。
「東川は人口8600人という小さな町です。だからこそ、町が今、やろうとしていることが見える。自治体との距離が近いんです。それにこの町は、移住者が約5割。開放的で、住人それぞれが人生を楽しみ、自分の時間を生きている気がします。そんな東川町に可能性を感じました」
大自然の中でゆったりと暮らすことも、北海道ライフの醍醐味。一方で、人と関わることを積極的に楽しむ下田さんの暮らしにも、これからの時代の生き方のヒントがあるように思います。
「インテリア雑誌に携わって20年以上。今、私は個人邸のインテリアをコーディネートする『MLスタイリング』を主宰しています。認定コーディネーターと家具や照明をスタイリングしていますが、ファッションよりも経験値の少ないインテリアこそ、プロの力を頼ってほしいと思います。インテリアは、人生に彩りと豊かさを与えてくれるもの。私自身、東川の暮らしでそれを体感しました。また、これまで私が培ってきた知識や人脈、キャリアを東川の町に還元できればと思っています。仕事として関わって、何か役に立てればうれしい。この家はそのための基地のような場所でもありますね」
今では、東川の人々だけでなく、全国から友人たちが訪れる下田邸。大きなダイニングテーブルでお茶を楽しんだら、東川の町を散策。夜は降るような星空を見ながら語り合い、翌朝は、採れたて野菜の朝食を。
その後は、庭を眺めながらカウンターで、ダイニングテーブルで、幌を下ろした大きなソファ『オービット』で、訪れた人それぞれが思い思いにリモートワークをすることも。
「ひとつにつながっている空間ですが、過ごす人がパーソナルなスペースを確保できるようにしたい、という点も設計時のポイントでした」
今、月の半分以上を東川で過ごす下田さん。二拠点生活が長くなるにつれ、東京にいてもすぐに東川に戻りたくなってしまう、と笑います。
「毎日、窓から見える景色が変わります。空の色、雲の形、庭の木々が芽吹く姿、風の音や香り…。どの瞬間も見逃したくない。それくらい美しく、尊いと感じます」
取材を終え、下田邸を後にした翌日、東川にはようやく雪が。
「昨日とは部屋からの景色がまったく違います。見渡す限りの銀世界。この夢のような景色、ぜひ見ていただきたかった! 次は降り積もる雪の時期、あるいは春や夏、草木が色鮮やかな季節にお越しください」と下田さんからのメッセージ。
「また」訪れたい。人が集い、つながり、結びつく下田邸は、「次回」という言葉がよく似合います。
「庭の花が色とりどりに咲く春や、緑が美しい夏は、ここで朝食を楽しみます」
「これまでのキャリアを生かして東川町の役に立てればうれしいですね」
東川にはほかにも、「北の住まい設計社カフェ&ベーカリー」や、「SALT」などセンスが光るセレクトショップも多数。また、東川で移住体験をしてみたいなら1棟貸しのヴィラ「ニセウコロコロ」がおすすめ、と下田さん。
下田さんのHouse DATA
●場所…旭川空港から車で約15分。東川の町の中心部から少し離れた田園地帯。
●建物…建築設計事務所「バケラッタ」の森山善之さんが設計。地元の芦野組が施工。東と南側が開口部となるL字形で、寒冷地の建物としてはチャレンジングな造り。
●間取り…キッチン、ダイニング、リビング、主寝室、ゲストルーム、バスルーム、パントリー。
●訪れる頻度…月の約半分は滞在。
●ここに決めたいちばんの理由…空港からのアクセスのよさ、目の前に広がる四季折々の美しい景色、町の人が優しいこと。
関連記事
- 一軒家レストラン「ル・ゴロワ フラノ」マダムの大塚敬子さんが暮らす【北海道の自然と動物たちと生きる家】を大公開!
- デザイナー、マリー・ダージュさんの“自然にインスパイアされる家”|「自分にとってどれほど自然が大切なのかを実感する場所」
- カルメン・モレッティ・デ・ローザさんの“自然と色とカエルの家”|「自分の『好き』を追求したら、家族が安らぎ、人が集う安息の家になりました」
- PHOTO :
- 川上輝明
- EDIT&WRITING :
- 田中美保、古里典子(Precious)