EUの行政トップを担う、欧州委員会初の女性委員長!
アメリカの経済誌『フォーブス』が、2023年末に19回目となる「世界で最も影響力のある女性100人」のランキングを発表した。
1位に輝いたのは、欧州連合(EU)の執行機関、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長だ。2位には欧州中央銀行のクリスティーヌ・ラガルド総裁、3位にはアメリカのカマラ・ハリス副大統領が入った。
2位のクリスティーヌ・ラガルドは、小物やアクセサリー使いが抜群に上手で、センスよくキャリアルックを着こなし、働く女性のアイコン的存在だ。
現在65歳のウルズラ・フォン・デア・ライエンは、2019年から委員長に選出されており、欧州連合の役職では最も強力な権限をもつ。ファッション面で注目されることはラガルド氏ほどではないが、フェミニンさを漂わせる清潔なキャリアルックが特徴的だ。
だが、欧州委員会初の女性委員長であるウルズラが一般的なニュースで一躍有名になったのは、皮肉にも「ソファゲート」事件であった。
あからさまな性差別が示された「ソファゲート」事件とは?
それは、2021年にトルコとEU間で生じた緊張関係を打破するために、トルコ・アンカラの大統領府で開催された首脳会談の席での出来事だ。欧州委員長ウルズラと、欧州理事会議長シャルル・ミシェル、そしてホスト側がエルドアン大統領という顔ぶれだったが、なんと最も格上のウルズラの席が用意されていなかったのだ。
3人のリーダーが膝詰めで会談する場所で、用意された椅子は2つだけ。エルドアン、ミシェル両氏は、それぞれトルコ国旗とEU旗を背にして、隣り合う金の刺繍の椅子に着席(のちにミシェルは批判され謝罪)。椅子がないウルズラは、驚いて立ち尽くし「エヘム」という咳払いで不快感を明らかにした映像がある。椅子なしで放置されたウルズラは、仕方なく、かなり離れたソファに座り、会談が始められた。
明らかに露骨な性差別。その証拠に2017年にブリュッセルで行われた会談では、エルドアン大統領と、欧州委員会と理事会を率いる2人の男性には快適な椅子が用意され、大統領を囲む形で座っている。同じく2015年にも、トルコでの首脳会談で当時のEU首脳の男性と共に3人が座って並ぶ写真が残されている。女性というだけで、ウルズラが軽んじられたのではないか?
事前のプロトコールのチェックも、トルコ側が拒否したと言われている。この出来事は、女性の権利や地位向上、名誉に関わることとして大きな関心を呼び、メディアでも問題視され、EU各国首脳が遺憾の意を発表した。また、トルコのエルドアン大統領が、女性への暴力防止を目的とするヨーロッパ条約からトルコを離脱させてから1か月も経たないうちに起こったため、エルドアン大統領の方針を顕示することともなった。
トルコもミシェル氏も非難された(トルコはEUを非難)が、ウルズラは公には非難していない。ただウルズラは、自分が異なる扱いを受けるべき理由が見つからない、『女性として、ヨーロッパ人として」「傷つき・ひとりぼっちになった」と感じたことを認めた。
そしてこう言った。「これは椅子の配置や儀礼に関するものではない。私たちが誰であるかという核心に触れるもの。女性が平等に扱われるまで、まだどれだけのことをしなければいけないかを示しています」と。
医師免許をもち、7人の子を育てながら政治家としてキャリアを積んだ真の才媛
ドイツ人であるウルズラの正式の名前は、ウルズラ・ゲルトルート・フォン・デア・ライエン。一時期はアンゲラ・メルケル元ドイツ首相の後継者と目された時期もある。父親や叔父は、実業家、政治家、音楽指揮者など、恵まれた環境で育ち、本人も経済学から、医学博士号まで数々の資格号を持つエリートだ。「フォン」と言う敬称は、男爵家出身の貴族の血筋を表している。医学教授で実業家である夫との間に7人の子供がいる(全て実子)。
地方の政界入りから始め、順調にキャリアを築き、第1次メルケル内閣から家族、高齢者、女性、青少年相として入閣している。労働、社会相、国防大臣などを歴任して、現在の地位に選出された。
ガラスの天井を突き破り、待望の初の女性欧州委員会委員長が受けた時代錯誤のこの仕打ち。女性だけではなく、全世界を怒らせた。ウルズラの名前を一般的に知らしめ、女性の人権に対する関心を一気に高めたという意味では、ネガティブな事件ではあったが、逆に世論をかき立てる引き金となった。
日々のファッションに表れる、意志ある信念の強さ
ウルズラは、野心的と目されることも多いが、女性「性」を誇示するような着こなしはほとんどしない。だが、常に女性であることを示す記号のように、淡いピンクや赤などのノーカラーや糸瓜(へちま)襟のジャケットや、スカラップ使い、柔らかな印象のカーディガンジャケットなどを愛用している。エルドアン大統領との会談の際も赤いノーカラージャケットであった。
だが、フェミニンさはそこまで。ほとんどの場合黒のパンツを合わせ、甘辛のコントラストでシャープに決めている。白黒や、ベージュ、グレーに白いシャツを合わせることも多く、カラフルな柄の着こなしは数えるほどだ。
アクセサリーや、スカーフ使いなども多くなく、ジャケット一本勝負。多忙な女性に多いスーツスタイルではなく、必ずジャケットとシャツをローテーションのようにコーディネートしているのが、ウルズラの特徴である。乱れないヘアスタイルと共に、自分のなかで「これが、私の戦闘服」と決め、日々の着こなしに煩わされないというのが、信念なのだろう。これはこれで、意志を貫いた着こなしである。
だが、そこで合理的でドイツ的とするのは早計だ。夫と共に登場するイブニングドレスの華やかでセクシーなこと。アクセサリーや髪型もパーフェクトでゴージャスだ。
豊かなライフスタイルを感じさせる、振り幅の広さが背景にあってこそ生まれるユニフォーム的な仕事着なのだろう。
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- TEXT :
- 藤岡篤子さん ファッションジャーナリスト
- PHOTO :
- Getty Images
- EDIT&WRITING :
- 谷 花生(Precious.jp)