広い海に大自然。日本とは異なる街並み。老後は海外でゆったりしたいと「海外移住」に憧れる方も多いのでは? 近年では「リタイアメントビザ(退職者査証)」といわれる、退職後の海外移住希望者に向けたビザ制度を整えている国も増えています。

一方で、日本とは異なる環境に、移住後トラブルが発生する事例があるのも事実。どうすれば、楽しく快適な海外での移住生活が送れるのでしょうか?

そこで今回は、1992年の設立以来、ロングステイの普及に取り組んでいる一般財団法人ロングステイ財団 理事長の弓野克彦さんと業務部長の杉浦弘和さんにお話しを伺いました。

「移住は観光とは異なり現地で『生活』をすることです。快適な海外移住を実現するためには、事前にしっかり視察することも大事です」と語るおふたり。海外移住で失敗しないためには、海外移住前にロングステイを通して現地を知ることが近道であると推奨しています。

近年耳にすることが増えた「ロングステイ」の事情や、海外移住前ロングステイで集めるべき情報と費用について教えていただきました。

「海外移住」と「ロングステイ」の違いとは?

いきなり移住は危険?まずはロングステイでしっかり現地視察を

「ロングステイ」とは何なのか伺いました

―― 昨今、海外移住への注目が高まり「ロングステイ」という言葉も聞くことが増えてきました。改めて、「ロングステイ」とはどのようなものですか?

「1か所に比較的長く滞在し、そこの文化や生活に触れ交流を楽しみながら生活を楽しむ『滞在型余暇』を総称し『ロングステイ』としています。一般的な『旅』が非日常空間を楽しむ体験とすれば、『ロングステイ』は、異日常空間で日本の日常生活とは異なる生活を送ることです」(弓野さん)

―― 「海外移住」とは、何が異なるのでしょうか?

「移住の場合は、日本での生活拠点をその国に移すことになります。そのまま現地で永住することを視野に入れている人もいるでしょう。海外移住には、リスク回避のためにさまざまな準備が必要です。

一方、ロングステイは生活の主な源泉を日本に置きながら、海外での長期滞在を楽しむ余暇活動です。当財団では2週間以上の滞在を『海外ロングステイ』と定めています。実態としては観光ビザを利用し3か月以内で滞在している方が多いですね。 

ロングステイの目的は、避暑や短期留学、周遊観光、現地での異文化体験など人によりさまざまで多岐に渡っています」(弓野さん)

※観光ビザで滞在できる期間は、国により異なります

―― ひと口に「海外で生活する」と言っても、移住かロングステイか、目的により変化の大きさが異なるんですね。

「海外移住も海外ロングステイも、海外で生活することに変わりありませんが、ライフプランは大きく変わってきます。

特に海外移住は注意が必要でしょう。現地で永住することを視野に入れ、資産管理や税金問題、留守宅問題、医療保険など、多項目にわたってチェックする必要があります。ロングステイの場合は、もちろん十分な準備は必要ですが、仮にうまくいかなければ日本に戻ってくればいいわけです。

海外移住を検討される方は、移住前に現地で繰り返しロングステイを行い、しっかり準備して欲しいですね」(弓野さん)

 ―― ロングステイで現地視察をとのことですが、移住前の情報収集が足りずにトラブルが起きるという事例は、やはり多いのでしょうか?

「行ってみて『こんなはずじゃなかった』という声をよく聞くことがあります。例えば、たまたま見学したコンドミニアムが気に入り即決で購入したものの、実際に住んでみると周辺環境や生活習慣になじめず売却したという話もよく耳にします。

日本国内のお引越しでも同様の経験はありませんか? 治安の良し悪しなどは実際に現地に行って住んでみないとわからないことも多いですよね。ですから、最初は賃貸で1〜2か月借りてみて、それから住むところを探せばリスクも減らせます。まずは現地に赴き自分の五感を大切にしながら、現地の状況を把握することが重要です」(弓野さん)

「こんなはずじゃなかった……」とならないためにも、移住前ロングステイを活用し十分な情報収集を行いましょう

「また、移住の場合は『年間を通して住む』ことも視野に入れる必要があります。特に気候が肌に合うかは、体験してみないとわかりません。日本のような四季がない国もあれば、乾季と雨季がありその差が激しい国もあります。

例えばマレーシアに移住された方で、最初は首都のクアラルンプールに住んだものの乾季と雨季の変化が過ごしにくく、年間通して涼しい『キャメロンハイランド』に引っ越しされた例もあります」(弓野さん)

―― 季節の変化を考慮するとなると、ロングステイは1度ではなく季節を変えて複数回、現地へ行く方がいいですね。

「それが望ましいです。実際に移住となると、日本の住民票を抜いたり、年金や保険の手続きをしたり、日本の家をどうするかも考え準備しないといけません。それだけの手間をかけて、いざ移住したら『思い描いていたものとは異なった』なんてことは避けたいですよね。まずはロングステイで体験し、そこで長く住んでいけると自信を持ってから移住を考える方がいいかと思います」(弓野さん)

まずはロングステイ。近年の人気国は?

■ トレンドは「安近暖」! ロングステイ先は物価の安い東南アジアが人気

―― ロングステイの渡航先では、どこが人気ですか?

「2006年から12年連続の断トツでマレーシアがトップです」(杉浦さん)

ロングステイ人気国・マレーシアの首都クアラルンプール

――12年連続! なぜ、そんなにマレーシアが人気なのでしょう?

「マレーシアが最初に人気国として登場したのは、2000年です。このころから東南アジア各国の経済発展に伴いインフラ整備がすすみ、それまであった『発展途上国』のイメージがガラリと変わりました。

中でもマレーシアは、自然が豊かで気候も年間通して暖かく住みやすいこと、また、多民族国家で日本人滞在者を受け入れてくれる土壌があったことも、人気の大きな要因です。さらに、長期滞在ビザを整備するなど、国をあげて長期滞在型の観光を推進してきたことが大きく寄与していると思っています」(弓野さん)

人気国の変遷。黄色:マレーシア、紫:タイ、ピンク:ハワイ、クリーム:フィリピン、オレンジ:台湾。ロングステイ財団調べ

――そのほかの国では、どこが人気ですか?

「観光大国のタイも人気が高いですね。自然や気候もいいですし、タイ料理や歴史文化もある。医療施設が整っているので安心して長期滞在できることも魅力です。また、英語留学などで最近人気があるのがネイティブ・スピーカーの多いフィリピンも注目です。フィリピンは海が綺麗なことでも人気です。ここ数年は、親日国家で近くて食べ物がおいしい台湾も人気上昇中です。

近年のロングステイ希望国のトレンドは『安近暖』。安くて、近くて、暖かい国というのが特徴です」(弓野さん)

―― もともとハワイや欧米でのロングステイを希望していた方が、「安近暖」で東南アジアに行き先をシフトしているのでしょうか?

「欧米諸国やハワイは希望地としていまだ根強い人気があります。今でもハワイやスペインやオーストラリアで生活したいという夢を持っている方も多いようです。ただ、現実的に費用を考慮にいれると、最終的に東南アジアに落ち着くという傾向が財団アンケート結果からも読み取れます。

東南アジアの物価は以前と比べると上昇していますが、日本の物価の約3分の1とまだ割安感があります。日本円の1万円で、現地では3万円ぐらいの生活ができるイメージで考えてみると分かりやすいかも知れませんね」(弓野さん)

―― 1万円が約3万円の価値になると、かなり生活の質が変化しそうですね。

「最近の傾向として、ロングステイ中に周辺諸国を旅行する方も増えてきています。例えば、同じ東南アジアでもシンガポールは物価が高く、長期滞在するとお金がかかりますが、マレーシアに滞在しながら1日だけシンガポールへ行くような旅行スタイルに変えれば、安価に現地を楽しめます。近年はLCC(格安航空会社)のネットワークが広がって、マレーシアの首都・クアラルンプールからシンガポールや周辺諸国へより気軽に安く旅行できるようになったことも、ロングステイの楽しみ方の幅を広げています」(弓野さん)

現地生活費用や長期滞在ビザ。海外生活にかかる費用は?

■ 工夫次第で出費額は大幅に変化!気になる体験者の現地生活費

―― 実際の現地生活費は、いくらぐらいになりますか?

「滞在場所や生活スタイルにもよりますが、例えばマレーシアのペナンに夫婦2人で1ヶ月滞在された方は、住居費含め約17万円だったそうです。この方の場合、住居費に10万円かけてらっしゃいますが、もう少し住居費を抑えることもできます」(杉浦さん)

平成30年4月15日発行、ロングステイ財団会報誌「LONGSTAY(R)」より

―― 東南アジア以外でやはり根強い人気があるハワイの場合は、いくらぐらいでしょう?

「こちらも、夫婦2人で1ヶ月滞在された方の例です。この方は約44万円でした」(杉浦さん)

平成29年7月15日発行、ロングステイ財団会報誌「LONGSTAY(R)」より

「ハワイのような観光地は特に、どこで買い物をするかでも大きく出費は異なります。例えば、ワイキキはなんでも観光地価格になっているため、ワイキキ内で食事や日用品をそろえると東京の倍以上の生活費がかかります。少し郊外に出たところにあるマーケットや、毎週開かれる市場を活用すると生活費が抑えられますね」(杉浦さん)

―― ロングステイ全体としては、いくらぐらいかける方が多いのでしょうか?

「財団のアンケート調査によれば、1ヶ月1人あたりの平均予算で、10〜24万円というゾーンが多いようです」(弓野さん)

出典:ロングステイ調査統計(単位:%)

「この金額をシニア世代に当てはめると、ちょうど年金支給額の範囲内と重なります。年金範囲内で比較的物価の安い東南アジアにロングステイし、より豊かな生活を楽しむ方が増えてきています。

同じ20万円であれば、日本より物価の安い海外滞在先で使う方が、ある種の豊かさを実感できますよね。近年、リタイア後にロングステイをひとつのライフスタイルの選択肢に取り入れ実践されている方が増えているのも、そのあたりに理由がありそうです」(弓野さん)

■ マレーシア人気を促進した長期滞在ビザ『MM2H』取得には財務条件も

―― 新たなライフスタイルとして注目されている「安近暖」の東南アジアでも、特にマレーシアが人気なのはなぜでしょうか?

「先ほど少しお話しした、国家の取り組みが大きいですね。東南アジアの中でも真っ先に長期滞在ビザ制度を整えるなどして、国をあげてロングステイ促進に力を入れてきたのがマレーシアなんです。

特に『マレーシア・マイ・セカンドホーム・プログラム(MM2H)』というビザの登場が、2006年以降マレーシアをロングステイ先人気希望国1位に押し上げるきっかけとなりました」(弓野さん)

―― 「MM2H」には、どんなメリットがあるのでしょうか?

「このビザを取得すれば、マレーシアに10年間滞在できるというメリットが大きいですね。移民局から認められれば、その後の更新も可能です。また、労働ビザの取得や永住権の獲得と異なり、取得条件の経済的要件のハードルがそれほど高くなく、日本人には大変人気です。申請が通れば、配偶者と21歳未満の子ども、60歳以上の両親が同行できる点も大きなメリットと言えるでしょう。 

長くマレーシアに滞在したい方、何度もマレーシアでロングステイをしたい方には、この上なくうれしいビザですよね」(弓野さん)

―― 「MM2H」の取得に条件はありますか?

「はい。気をつけたいのは、財務条件がある点です。50歳未満の場合は約1,350万円以上の財産証明と、約27万円以上の月額収入の証明が必要です。また、書類審査で仮承認が降りたら、マレーシアの金融機関に約810万円を定期預金する必要があります」(杉浦さん)

「MM2H」の財務条件。50歳未満と50歳以上で異なります

「また、仮承認を得たら、一度実際にマレーシアに渡航して行う手続きもあります。現地の口座開設、マレーシアの保険会社で医療保険に加入、マレーシアの医療機関での健康診断の受診などです。『MM2H』の申請から取得まで、半年は見込んでおきましょう」(杉浦さん)

―― マレーシアのほかにも、長期滞在しやすいビザを発行している国はありますか?

「近年英語習得でも人気のフィリピンには、35歳以上を対象にした滞在期間が無期限の『特別居住退職ビザ(SRRV)』が用意されています。また、ロングステイ先人気2位のタイでは、『タイランドエリート』という政府観光庁が運営する国家メンバーシップも登場しています。20年間の長期滞在可能なビザ(5年ごと更新)や、空港ラウンジが利用できるなどのサービスがあります。

ビザの取得条件や申請手続きは変わることもあるため、実際に申請する際は、必ず大使館などの公式な情報を確認してください」(杉浦さん)

ビザ申請は、最新の公式情報を確認して行いましょう

「ロングステイ」「海外移住」その前に。日本でできる準備は?

■ 明確にすべきは目的と予算。確認すべきは医療・言葉・治安

―― ここまで、ロングステイのトレンドや費用、ビザについて伺ってきましたが、ロングステイを検討するときに最も大事なことは何でしょうか?

「ロングステイにも海外移住にも共通して言えることですが、まずは何をしたいのか、どんな生活を送りたいのか、目的を明確にすることです。同じ『海外でゆったり』と言っても、暖かい海のあるリゾート地でゆったりしたいのか、美術館を回ったり西欧音楽に聞き入ったりしたいのかで、行くべき国は変わりますよね。リゾートでラグジュアリーな体験をしたいのか、現地の人と交流したいのかでも、地域やプランは大きく変わります。

あとは、予算をいくらまで出せるのか把握することです。目的と予算が定まって、その掛け合わせで行き先が決まります」(杉浦さん)

―― 行き先が定まり、現地のプランを立てて行くときに、特に注意して押さえておきたい情報はありますか?

「『医療』『治安』『言葉』は予め押さえておきたい、海外渡航時の3大不安要素ですね」(杉浦さん)

―― 確かに、万一現地で病気になったらと考えると、どこに行けばいいか、どう説明したらいいか不安です。

「ロングステイをしている方が多い国の大半は、都市の総合病院へ行けば最新医療が受けられます。日本人スタッフがいて通訳してくれる病院もあります。予め、現地の総合病院や通訳のある病院は確認しておきましょう」(杉浦さん)

現地の病院は予め調べておくことが大切

「また、海外では医療費が高くなることも多いです。日本の健康保険の範囲外の治療になることもあります。必ず海外旅行保険に加入しておきましょう」(杉浦さん)

―― 治安情報は、実際に行く前にどうように取ればいいでしょうか?

「まずは外務省の安全情報ですね。『外務省 海外安全ホームページ』で、各国の安全情報が確認できます。また、外務省から渡航先の安全情報の配信を受けられる『たびレジ』は、特におすすめめです。

あとは、現地でロングステイされている方や経験者に聞いてみることが、生の情報源として重要です。その窓口のひとつとして、ロングステイ財団には『登録ロングステイアドバイザー』がいます。財団webサイトから、得意な地域別にアドバイザーを探すことができるので、気軽に相談してみてください」(弓野さん)

まずは理想の生活を具体的に思い描くことからスタートしましょう

最後に、弓野さんはこのように話してくださいました。

「ロングステイにしても海外移住にしても、焦らずに時間をかけて現地情報をとり、理想と現実のギャップを埋めながら自分の目的を探していくことができれば、必ずやご自身のライフスタイルに合った海外生活を安全に楽しむことができるでしょう。そのためにもしっかりとした準備を重ねて欲しいと思っています。」(弓野さん)

憧れの海外生活は、環境をガラリと変える決断でもあります。「こんなはずじゃなかった……」とならないためにも、まずは経験者に話を聞いてみたり、現地に視察に行ってみたりし情報を集めましょう。描いた理想がより具体的にイメージできるようになればなるほど、海外生活はより魅力的な選択肢となっていくことでしょう。

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EDIT&WRITING :
廣瀬 翼(東京通信社)