「健全な精神は、健全な肉体に宿る」の原典は、風刺詩集!いったい何を風刺していたの?

ユウェナリスの言葉とは微妙に違っていた!?
ユウェナリスの言葉とは微妙に違っていた!?

健全な精神は、健全な肉体に宿る」…この名言、現代では「身体を健康に保っておけば、おのずと精神も健康になる」という意味だと思っている方が、ほとんどではないでしょうか?

では現実的に、身体が健康な人はみな、精神も健康でしょうか?…異を唱えずにいられないような事件が、いろいろ起きています。また、あまり健康ではなかったとしても、素晴らしい偉業を成し遂げる方々は、たくさんいらっしゃいます。そういう意味では、少しモヤモヤした気持ちになる名言ではないでしょうか?

しかし、この名言が誕生した原典の時点では、「なるほど! 確かに」と、誰もがうなづけるような意味合いで使われていたのです。

古代ローマの詩人「デキムス・ユニウス・ユウェナリス」の本が初出

この名言は、古代ローマの詩人、デキムス・ユニウス・ユウェナリスの著作『風刺詩集』に登場した一説です。ユウェナリスは詩人であるとともに、弁護士という生業も持っていました。『風刺詩集』はその名の通り、社会の歪みを、痛烈に批判する内容に満ちていました。

ユウェナリスの生きた時代に建設された豪奢なローマのパンテオン。
ユウェナリスの生きた時代に建設された豪奢なローマのパンテオン。

実は『風刺詩集』の中には、「健全な精神は、健全な肉体に宿る」ではなく、「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」と書かれているのです。つまり「そうであればいいのに…」という願望を表現した一説で、ユウェナリスは「現実はそうでないことが多い」ことを嘆き、訴えていたわけです。

弁護士という職業上、ユウェナリスは目を覆いたくなるような事件にも、たくさん触れていたと思われます。そうした哀しい現実を嘆き憂い、「健全な肉体を活かすべきは、健全な精神を具現するための行為ではないのか?」と、社会に問いかけたかったのでしょう。

原典でユウェナリスは、誘惑に打ち勝つ強い精神力の大切さを、切々と説いています。

古代ローマでは残虐なショーを楽しむ文化もあった。
古代ローマでは残虐なショーを楽しむ文化もあった。

この姿勢に賛同する民意あればこそ、この一説は名言として社会に広く浸透し、後世に残るまでになったのでしょう。実際、最初のころは正しい意味で使用されていたようです。

では、一体どこで、解釈が歪められてしまったのでしょうか?

「健全な精神は健全な肉体に宿る」と言い切るインパクトを必要とした、歴史的背景といえば?

「健やかな身体に健やかな魂が願われるべきである」という「願い」「戒め」を、「健全な精神は健全な肉体に宿る」という、単純な体力賛美に変化させてしまった犯人は、誰なのでしょうか?

答えは「戦争」です。

近代に入り世界的な大戦が勃発すると、ナチス・ドイツをはじめとした各国が、軍事力増強のために名言を歪めてスローガン化したのです。

ナチス・ドイツは特に、ヒトラーの親衛隊員のルックスも重視し、軍人が「憧れ」の対象になるようなPR効果を狙ったことで有名です。人々の心に入りやすい名言を引用し、歪めることで、民衆が軍国主義に傾倒しやすいイメージとして利用したのです。

ユウェナリスの嘆きの言葉が、正反対の体力礼賛のスローガンに作り替えられてしまうなんて、寂しいですね。まさに「健やかな身体に、健やかな魂が願われる」と叫びたくなるような、大変皮肉な状況です。

現代では「健全な精神は、健全な肉体に宿る」=ユウェナリス、として認識されがちですが、この名言の本来の意味、そして意味が歪められてしまった残念すぎる背景は、ぜひとも理解しておきたいところです。

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小出 真朱
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