世界で闘う武器は、オープンハートの対話術と“地球市民”の意識

ILO内外を問わない公募から、200人以上の候補者の激戦を制してアルゼンチン事務所の新代表となった荒井さん。昨日公開した【キャリア編 Part1】では、彼女が追求し続ける児童労働撲滅というパッション、国際機関で働く魅力や、着任から2年弱を迎えた現職の醍醐味を臆さず語っていただきました。

キャリアインタビュー後編となる本記事では、明快なリーダーシップ論や“グローバルシチズン”という視点、ぶれない使命感から、仕事人生を楽しみながら未来を自ら切り拓いていく、新しい女性リーダー像が見えてきます。

荒井由希子さん
国連・国際労働機関(ILO)アルゼンチン事務所代表
(あらい ゆきこ)1973年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)で国際経済学とラテンアメリカ地域研究を修めた後、世界銀行勤務を経て、2001年に国連・国際労働機関(ILO)にヤング・プロフェッショナルとして入局。ジュネーブ本部、ILOアジア太平洋地域局バンコク事務所で貧困削減と児童労働撲滅に取り組んだのち、2006年よりILOジュネーブ本部の多国籍企業局へ異動。上級専門家として多国籍企業の供給網における労働問題、CSR、ビジネスと人権に携わる。2013年にはILOの無償休暇制度を利用し、東京2020オリンピック・パラリンピック招致委員として活躍した経験も。2021年3月より現職。

ILOアルゼンチン事務所代表・荒井由希子さんへ10の質問

キャリア_1,社会貢献_1,インタビュー_1
2022年2月24日、アルゼンチンのカフェイロ外務大臣と「南南協力」の覚書を締結する荒井さん。これにより、アルゼンチンが他の発展途上国に対し、児童労働・強制労働の撲滅、ジェンダー促進など、ディーセント・ワーク(=働きがいのある人間らしい仕事)の創出の取り組みを支援・協力する枠組みを構築した。

──Q6:どんなワークデイを過ごしていますか? 

テレワークを継続するスタッフと短い打ち合わせをしたりとオンラインのスケジュールも多く、実際のところ分刻みで動いてはいますが、ある1日のスケジュール例を大まかにお伝えしましょう。

 8:00 ジュネーブ本部官房と打ち合わせ 
 8:15 車が自宅に迎えに来る
 8:30 オフィス到着、チームに声をかけ、緊急事項の有無を確認
10:00 外務省にて外務大臣と覚書締結・会談
11:00 ILOセミナーにて総括・閉会の辞を述べる
13:00 ほかの国連機関代表と交流ランチ
15:00 人事担当者と採用の打ち合わせ
15:30 大統領府・労働省と雇用サミット調整会議(バーチャル形式)
16:30 プロジェクトチームと年間計画の打ち合わせ(ハイブリッド形式)
17:00 報告書・メールに目を通す
18:00 オフィスを出る
19:00 某国大使館主催のレセプションに参加

明確なビジョンを打ち出しチームと共有する、リーダーシップ術

──Q7:多国籍なチームをリードする秘訣はありますか?

スタッフの国籍や文化を意識してチームを統括している感覚はありません。私の場合、純粋に人と仕事をするが好き、人と話をするのが好き。パンデミックが落ち着きオフィスでの勤務が復活した今、日々、スタッフと共有する時間を楽しんでいます。学びあり、笑いあり、です。手短に指示を出す一方で、スタッフの話をとことん聞くことが大切。オープンマインド、オープンハートで耳を傾ければ対話が促進し、異なる意見を持つ人々とも理解し合えるはず。多様なバックグラウンドをもつスタッフがいることこそが、チームの強みであるのです。

オープンスタンスで臨み、One of Usとして迎えてもらうことがスターティングポイントでした。現職の着任時には、リーダーとして、チームに対して明確なミッションを提示し、同時にILO事務所代表としてのビジョンを共有しました。共通のビジョン、ゴールが見えないとチームが迷走してしまいますから、ここを目指すという明快なかたちを具体的なステップとともにビジュアルに見せる。それがチームビルディングの要です。逆に、共通ビジョンを持たない集合体は、チームではなく、単なるグループです。

ほかに重要なのは、仕事を楽しむこと! 私はリーダーであり、プレイング・マネージャーでありたい。オーケストラのように楽しく奏でて、ひとつのかたちを生み出していきたい。組織全体がリモート体制となったパンデミック中にはバーチャル・カフェを企画し、外出できるようになってからはオープンエアで遠足を実施したことも。

対外的にILOのリーダーとしての資質に触れるならば、現実社会の中で国際労働基準を設定・監視するILOにとって、社会対話を通してお互いのWin -Win関係を築くこと、つまり外交術が重要になります。雇用者と労働者は、本質的に利害関係が真っ向から対立するもの。どこで折り合いをつけるか、政労使の三者関係のなかで共通価値、明確なコミットメントをプッシュし続ける推進力、多少の粘り強さも必要でしょう。

国連とは普遍的価値・理念を唱え、かたちにしていく数少ない機関。理想や恒久的理念に現実を近づける、ある意味夢のある仕事だと私は感じています。

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前職、ILOジュネーブ本部にいた頃は、途上国に進出する多国籍企業と連携をはかりながら、よりよい世界の構築と雇用労働問題に取り組んできた荒井さん。写真はILO総会時の一場面。2週間で600ものスピーチを聞き、その日のうちに各国の労働課題をダイジェストにまとめる。文字通りILO事務局長の「耳」となる仕事も担当していた。Photo:(C)ILO

途上国の子どもたちのために、オリパラ招致へ参戦

──Q8:東京2020オリンピック・パラリンピック招致に参加した動機とは?

ILOの無償休暇制度を利用して一個人として招致の場に挑み、日本人として仕事をした人生初の機会でした。東京でのオリンピック・パラリンピック大会開催を目指すスポーツ外交は、ILOでの私の使命と異なって見えたかもしれませんが、実はまったくかけ離れたものではありませんでした。

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のちにILO代表として戻ることになった運命の地、アルゼンチン・ブエノスアイレスにて。国際部ディレクターとしてオリンピック・パラリンピック招致委員会に名を連ね、2013年のIOC総会ではプレゼンター及び質疑応答の進行役として登壇。Photo:(C)TOKYO2020/S.Takemi

私の参戦には、確固たる動機がありました。それは、東京が大会招致に成功すると、東京2020の中核にある国際貢献策「スポーツ・フォー・トゥモロー」プログラムを通じて、2013年〜2020年までの7年間、100か国以上の途上国で暮らす1000万人以上の子どもたちに、学校へ行ってスポーツをする機会を与えられるというもの。

子どもたちが毎日学校に通えるような社会の構築、子どもたちの未来を明るくできることが、私にとっての原点です。オリンピック・パラリンピックといったスポーツ大会に関わることはそれ自体エキサイティングですが、招致に成功すればODA(政府開発援助)を活用したスポーツ支援を通じて自分のパーソナルミッションに則った喜ばしいことが起こる! それが招致参戦への原動力になりました。

参考までに、中心国でありながらも貧困率約4割のアルゼンチンでは、全国で10人に1人の子どもが働いている実情。首都ブエノスアイレスを離れた地方に出れば、10人に2人の割合で子どもたちが労働を強いられています。児童労働撲滅はプライオリティであり、そのためには親の収入機会・雇用、つまり「ディーセントワーク」の創出が急務です。

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2013年、ブエノスアイレスにて。東京での2020夏季オリンピック・パラリンピック競技大会開催決定に湧く、歓喜の瞬間。最前列で、安倍元首相や滝川クリステルさん、その他登壇者と並んで笑顔を見せる荒井さん。政府、東京都、ビジネス界、スポーツ界、国会議員、在外公館など、オールジャパン体制で挑んだ大会招致は、見事に結実。

毎日の決断とアクションが、国づくりの成果を引き出す

──Q9:原動力なる言葉は?

“Every day counts”です。 国づくりとは中長期的な課題で、目に見える成果を出すには年月を要しますが、毎日の積み上げが重要。毎日、一歩一歩前進するよう、スピード感を持って日々決断し、アクションを起こし続けていくことを心がけています。

最前線で国づくりに関わるうえで、人々の暮らしにポジティブなインパクトをもたらさない活動は意味がありません。パンデミックからの回復が世界的テーマとなり、ヒューマンセンタード・アプローチ(人間に焦点を充てる重要性)が謳われていますが、そもそもILOの活動の中心は労働者、働く人にあります。

人にインパクトをもたらす活動の意義、そして、法制度の見直しやデータの創出など、人々に対して直接的な技術支援を実施するのではない場合も、ILOの成果物(アウトプット)を通じて、間接的にポジティブなインパクトをもたらせるようなメカニズムを確保・導いていくことの重要性を、事務所代表就任当時から、日々繰り返しチームに語っています。

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アジア、中南米、アフリカなどさまざま地域へ足を運んだ、ILOジュネーブ本部勤務時代。労働条件改善と児童労働撲滅のプロジェクトを立ち上げるため、グローバルサプライチェーンの末端にあたるネパール東部・イラーム地域の茶畑を訪ねて。

──Q10:仕事をするうえで、大切にしている価値観とは?

グローバルシチズンであるという感覚が必要であると考えます。アルゼンチンでの課題も地球規模でとらえ、世界の中のアルゼンチンとして考えていくことが求められます。

今、日本人で自らが地球市民であると意識して生活・行動している人が、どれだけいるでしょうか? ウクライナ危機、グローバルサプライチェーン内の労働問題、気候変動問題も、日本とは無関係ではない。地球規模の課題は、地球上で生活するすべての人に関わるもので、国連組織の取り組み、または途上国あるいは先進国のみの対応で足るものでもありません。しかしながら、プレゼンスのある先進国や経済大国の果たしうる役割は大きいと考えます。

日本のみなさんには、ニュースを見聞きする際、世界で起きていることが自分とどのような関係にあるのか、地球市民という視点で世界を把握してほしいと思います。対岸の火事ではありません。

身近な例を挙げるなら、誰もが口にするチョコレート。原材料であるカカオ豆の5割以上は、西アフリカコートジボワールやガーナから生産されますが、その生産を担う農園は炎天下の劣悪な環境下かもしれませんし、労働条件も悪く、児童労働や強制労働が関わっている可能性も否定できません。

自分の消費と海外の供給網との接点に目を光らせ、アンテナを高く張り巡らせ、社会・環境への配慮がなされた企業の商品を選ぶなど、消費者個人としてできることは何かぜひ考えていただきたいのです。ひとりひとりの行動・選択が、地球の明日に影響を及ぼすのです。

私の場合、個人的な関心が「世界の子どもたちの未来」に向いていて、パーソナルパッションとプロフェッショナルなミッションが交差するところに身を置きたいという思いから、ワシントン、アジア、ジュネーブ、アルゼンチンと、海外で働き現在に至ります。

「成功の秘訣は?」と聞かれることがありますが…成功というよりも、なぜ失敗らしい失敗がこれまでなかったかというと、すべてがイメージした道筋どおりには進まずとも、次なるアイデアへの切り替えが早く、新しい道を切り拓いていくからでしょう。ベスト、セカンドベストと、常に可能な限りでの最高のシナリオを思い描いているのです。

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オリンピック・パラリンピック招致委員を終えてILO本部に復職後、リオデジャネイロ五輪や東京五輪にも使用された公式サッカーボールを製造するパキスタンの工場を訪問。招致からめぐりめぐって、五輪を支えるサプライチェーン末端の地で、日本政府拠出のILOプロジェクト実施を通じて労働環境の改善に直接関わり、サステナビリティの促進を目指す東京大会の理念に貢献を果たす。

以上、ILOアルゼンチン事務所代表・荒井由希子さんに、キャリアと仕事観についてたっぷり語っていただきました。オプティミスティックで明るい人柄と並外れた知性、強靭なメンタリティが同居する荒井さん。飾らずおごらず、オープンでいたって自然体の女性トップリーダーの登場に、よりよい世界の未来図を想像せずにはいられません。

明日公開の【ライフスタイル編】では、ブエノスアイレス暮らしの日常やワークライフバランス術など、荒井さんの知られざる素顔に迫ります。どうぞお楽しみに!

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この記事の執筆者
1974年東京生まれ。「MISS」「家庭画報」「VOGUE NIPPON」「Harper’s BAZAAR日本版」編集部勤務を経て、2010年に渡独。得意ジャンルはファッション、ジュエリー&ウォッチ、ライフスタイル、犬、ラグジュアリー全般。現在はドイツ・ケルンを拠点に、モード誌や時計&ジュエリー専門誌、Web、広告などで活動中。