目黒駅から徒歩圏内に位置する日本美のミュージアムホテル「ホテル雅叙園東京」。施設内に唯一現存する木造建築の東京都指定有形文化財「百段階段」では、大正ロマンとコラボレーションした展示を2023年6月11日(日)まで開催しています。

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1935年に建築された文化財「百段階段」。歴史ある木造建築の中で、静謐なひとときを過ごせます

昨年好評を博した同展示の今年のテーマは「大正ロマン×百段階段~文豪が誘うノスタルジックの世界~」です。太宰治、谷崎潤一郎、小川未明などの文豪の名作と人気イラストレーターのコラボレーション・シリーズ『乙女の本棚』との共演により、さらにストーリー性を感じられる内容に。

展示の解説ツアーに参加したPrecious.jpライターが、小説の内容に触れながら詳細をお伝えします。

ホテル雅叙園東京の「大正ロマン×百段階段~文豪が誘うノスタルジックの世界~」体験レポ

■1:倒錯した世界観を表現|萩原朔太郎『猫町』×しきみ/十畝(じっぽ)の間

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イラストレーターのしきみ氏が表現する『猫町』

まずは、階段を上って最初にある「十畝(じっぽ)の間」から。文化財「百段階段」が完成した1935年に発表された萩原朔太郎の『猫町』とイラストレーター・しきみ氏のコラボレーション。各部屋のいたるところに配された立体展示も見ものです。

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街の写真館。ソファに座って撮影できるフォトスポットです

『猫町』は、普通の旅に飽き足りた主人公の「私」が、薬物を使って夢の中の旅行を楽しむところから始まります。

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本展示の衣装はすべて「松竹衣裳」によるもの

展示の前半は、時計屋や写真館など、とある温泉街で道に迷った「私」が辿り着いた街を表しています。このあと「私」はこの街に対し、不安や気味悪さを抱くそうです。

この部屋には、絵が飾られた黒い壁の向こう側に後半の展示があります。壁の向こうには……。

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猫たちは、造形作家・小澤康麿氏の作品

なんと、何匹もの猫たちが! 先ほどまでの華やかな雰囲気はどこにもありません。展示を通して、夢か現実かわからない倒錯した世界観を表現しています。

■2:自分自身を見つめるきっかけにもなる|中島敦『山月記』×ねこ助/漁樵(ぎょしょう)の間

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漁樵の間の入口

続いては、中島敦『山月記』とイラストレーター・ねこ助氏の展示がある「漁樵(ぎょしょう)の間」へ。中国の故事をモチーフにした美術品が飾られていることから、中国を舞台にした『山月記』とのコラボレーションが実現したそうです。

紅く照らされた廊下を歩きながら、展示への期待が高まります。

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虎の尾をイメージした帯など、使われている小物が物語を暗示しています

展示の前半は、主人公・李徴(りちょう)の若かりし頃の部屋をイメージしたものです。

優秀で自尊心の高い青年・李徴は役人になりますが、詩の才能で後世に名を残したいと役人を辞めてしまいます。しかし、家族を養えないほど困窮してしまった結果、再び役人に戻るのです。プライドの高い李徴には、以前より階級の低い役人として働くことが我慢できず、姿を消してしまうのでした。

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虎になった李朝が暮らす竹林。BGMのラストに虎の遠吠えが聞こえます

展示の後半は、虎になった李徴と旧友の袁傪(えんさん)が再会した竹林をイメージしたもの。日に日に人間の心を失っているという李徴は、この竹林で袁傪に望みを託すのでした。

竹林の至る所に鏡が配置されています。人の心には猛獣がいて、誰もがその猛獣を操っている。鏡に自分の姿を映すことで、私たちの中にいる猛獣を自覚することができるかもしれません。

■3:描かれない真実に想いを馳せる|太宰治『葉桜と魔笛』×紗久楽(さくら)さわ/草丘(そうきゅう)の間

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外の光が差し込む「草丘の間」。時間帯によって展示の見え方も変化しそうです

「草丘(そうきゅう)の間」では、太宰治の『葉桜と魔笛』とイラストレーター・紗久楽(さくら)さわ氏のコラボレーション展示が見られます。

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イラストレーター・紗久楽さわ氏による『葉桜と魔笛』

『葉桜と魔笛』は、ある老婦人の回想から始まる物語です。舞台は、姉妹と厳格な父親が暮らす島根の城下町。あるとき、姉は病気で死期が近いといわれる妹の「秘密」を知ってしまいます。

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手前にいる葉桜をイメージした着物を着ているのが妹、奥にいるピンク色の羽織りを着ているのが姉です

それは、妹がある男性と文通をしたり、実際に会ったりしていたこと。姉は、妹の病気を知った男性が妹を捨てたとわかると自分がその男性として妹に手紙を書くのでした……。

『葉桜と魔笛』は明確な答えを出さずに終わるため、読者にそれぞれの解釈が委ねられます。男性の影や時計が差す時刻など物語の要素が散りばめられた展示を鑑賞しながら、その答えを想像してみるのもいいですね。

■4:ある一夜の不思議な物語を|小川未明『月夜とめがね』×げみ/静水(せいすい)の間

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部屋の向こう側には、おばあさんのもとを訪れる男性のシルエットが

花や小動物が描かれた「静水(せいすい)の間」では、「日本のアンデルセン」と呼ばれた小川未明の『月夜とめがね』とイラストレーター・げみ氏による、かわいらしく不思議な展示を鑑賞できます。

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イラストレーター・げみ氏による『月夜とめがね』

きれいな月の夜、針仕事をしているおばあさんの部屋をふたりの訪問者が訪れました。ひとりは眼鏡売りの男性で、もうひとりは香水製造場で働く少女です。作中では、ふたりの訪問者と優しいおばあさんのやりとりが描かれています。

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香水の瓶はキタガワアキコ氏によるもの。中央の瓶が物語を暗示しているかのよう

部屋の一角には、おばあさんの部屋や少女が売りにきた香水の瓶などの立体展示があり、物語の世界に没入できます。月夜の晩に起きた不思議なできごとのように、温かく穏やかな余韻に浸れる展示です。

■5:伯爵夫人と青年医の密かな恋を追体験できる|泉鏡花『外科室』×ホノジロトヲジ/星光(せいこう)の間

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外科室を再現

「星光(せいこう)」の間では、本展示の中でもっとも古い泉鏡花の『外科室』とイラストレーター・ホノジロトヲジ氏のコラボレーションを展開しています。

『外科医』は、伯爵夫人と執刀医の秘められた想いを描いた物語。舞台となる外科室らしさを表現するために、白っぽい照明を採用しているそう。

手術を前に、麻酔を拒否する貴船伯爵夫人と、なんとか説得しようとする伯爵や執刀医の高峰。伯爵夫人が麻酔を拒むのは、自分には秘密があり、麻酔を使うとその秘密を口にしてしまうかもしれないからだと言うのです。

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麻酔薬の色が少しずつ変わっていく様子を眺められます

語り部を通じて描かれる物語は、ハッピーエンドなのか、はたまた悲劇なのか。麻酔薬をイメージしたものや伯爵夫人と高峰が9年前に出会った植物園など、展示を通じて鑑賞者はふたりの恋を追体験できるはずです。

■6:誰かの秘密を垣間見るような背徳感も|谷崎潤一郎『秘密』×マツオヒロミ/清方(きよかた)の間

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イラストレーター・マツオヒロミ氏による『秘密』

谷崎潤一郎『秘密』×イラストレーター・マツオヒロミ氏の展示のある「清方(きよかた)の間」へ。美人画の大家である鏑木清方による茶室風の一室です。ほかの部屋とは少し異なる妖艶な雰囲気に谷崎ワールドへの期待が高まります。

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「私」がここで着替えて化粧をしている様子が浮かびそうな展示です

自身の欲求を叶えようとする主人公の「私」は、女性ものの着物に袖を通し、化粧を施して浅草の街を歩くことを始めました。白粉を塗った自分の手を眺めて惚れ惚れしたり、人通りの多い道を歩いて人々の視線を感じて悦に入ったりするなど、「秘密」を持つことに夢中になります。

前半の展示では、「私」の部屋を再現しています。無造作に置かれた化粧品や着物から漂う生々しさに、見てはいけないものを見たような気持ちにさせられます。

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T女の部屋で、葡萄酒を注ぐシーンを想起させます

後半は、「私」がかつて関係を持ったミステリアスな“T女”の部屋をイメージした展示です。作中で表現されている不思議な場所を再現したとのこと。

ふたりは再会しT女の家で逢瀬を重ねますが、「私」は目隠しをされた状態で連れて行かれるので、T女の家がどこにあるのかはわかりません。

展示を鑑賞していると、まるで「私」とT女、それぞれの「秘密」を垣間見ているような背徳感を抱きそうになります。

■7:複数のフォトスポットで記念撮影を/頂上の間

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大正時代のカフェを訪れたような気分になれそう

展示をひと通り鑑賞して、「頂上の間」に到着。レトロな電話やシャンデリアが配され、至る所にフォトスポットが設けられています。

「大正ロマン×百段階段~文豪が誘うノスタルジックの世界~」
「エルバン」の展示

ルイ14世の時代にパリで生まれたというシーリングワックスとインクのブランド「エルバン」の文房具も飾られています。

各部屋に流れるBGMは、音楽家のヨダダケシ氏が手がけたもの。それぞれの作品の解釈を織り交ぜたオリジナル曲をぜひ会場で体感してくださいね。


展示を鑑賞する前に作品を読んで「予習」するのもよし、鑑賞後に作品を読んで「復習」するのもよし。いずれにせよ、物語の理解をさらに深めたくなる展示だということは間違いありません。

展示の入場券と食事、着物レンタル(着付・簡易ヘアセット)付きの「大正ロマン×着物ランチ」や、Cafe&Bar「結庵」で実施中の「大正ロマン喫茶室」といった連動企画もあるので、詳しくは公式サイトでご確認くださいね。

※外出時には新型コロナウイルスの感染予防対策を十分に講じ、最新情報は公式HPなどでご確認ください。

問い合わせ先

  • ホテル雅叙園東京
  • 「大正ロマン×百段階段~文豪が誘うノスタルジックの世界~」
  • 開催期間/〜2023年6月11日(日)
  • 開催時間/11:00〜18:00(最終入館〜17:30)
  • 料金/平日 大人¥1,200、小学生~大学生¥600、土日祝 大人¥1,500、小学生~大学生¥800、オンライン限定「しおり付きチケット」¥1,700、「ギャラリートーク付特別見学会チケット」¥2,500
  • TEL:03-5434-3140
  • 住所/東京都目黒区下目黒1-8-1

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この記事の執筆者
フリーランスのライター。企業の採用サイトやパンフレット、女性向けの転職サイト、親向けの性教育サイトなどで取材記事を執筆。好きなもの:中村一義、津村記久子、小川洋子、マンガ、古いもの、靴下など
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EDIT :
小林麻美