星野リゾートが展開する温泉旅館「界」。現在、全国に22施設ある「界」は、それぞれが地域の魅力を活かしながら、温泉文化を現代風にアレンジして心地よい和のくつろぎを提供しています。
石川県金沢駅から特急で30分。加賀温泉駅からタクシーで10分ほどの山代温泉エリアに位置するのが「界 加賀」。1624年に創業し、多くの文化人を迎えた老舗旅館「白銀屋(しろがねや)」の歴史を受け継ぎながらも新しい魅力を備えた、加賀伝統の温泉旅館です。
2012年にオープンした「界 加賀」は、 2015年に大改築を行い、2017年に大浴場をリニューアルするなどして、歴史的建築は保存しつつ現代のスタイルに合わせて進化してきました。そして2023年4月には、新たに「金継ぎ工房」が誕生。温泉旅館の内部施設に金継ぎ専用の場所を作るのは日本初なのだそう。
宿泊客が伝統の金継ぎ技術を学べる、独自の「金継ぎ工房」とともに、施設の魅力をたっぷりとご紹介します。
星野リゾートの温泉旅館「界 加賀」宿泊レポート
前身の「白銀屋」から数えると約400年もの歴史がある施設。フロントホールを含む伝統建築棟と茶室は、国の登録有形文化財に指定されています。
紅柄格子(べんがらごうし)が印象的な伝統建築棟。木を縦横に組み合わせて、中からは外が見えますが、外からは中がよく見えないようになっていて、防犯上も優れた作りになっています。
入り口ののれんをくぐって中に入ると、目を引くのは天井から吊り下げられた加賀水引のオブジェ。加賀水引は金沢の希少伝統工芸のひとつで、客室の障子や小物にも取り入れられています。
中庭の床に採用されているのは九谷焼のカラフルなタイル。九谷焼は石川県九谷地方で作られる磁器で、紺青・紫・黄・緑・赤の“九谷五彩”と言われる5色を用いた鮮やかな絵付けが特徴です。
中庭には、金沢兼六園にもある二本足の琴柱(ことじ)灯篭が配されているのも見どころ。タイルは川に見立てられており、その上に伝統建築棟とその奥に建てられた新棟を結ぶ「太鼓橋」がかかっています。
さらに、20世紀を代表する美食家で芸術家の北大路魯山人が「白銀屋」に好んで逗留していたという背景から、「界 加賀」には魯山人が残した数々の品を見ることができます。
中庭を臨むスペースに置かれているのは、魯山人作の器。ほかにも「界 加賀」には、大正4年の作品とされる魯山人の手による宿看板など、貴重な品が所蔵されています。
「トラベルライブラリー」で休憩
伝統建築棟から奥に進むと、中庭を経て新築した8階建ての客室棟につながります。
客室棟1階には、ご当地の歴史や文化、自然、工芸にまつわる本やこの地に伝わる物語などの書籍が置かれた休憩スペース「トラベルライブラリー」が。こちらでは、本を読みながらお茶やコーヒーを飲んでくつろいだひとときを過ごせます。
本棚の上の壁に展示されているのは、魯山人が酔った勢いで書いたとされる作品。「いろはにほへと」と書いてあるのが見てとれますが、最後「わかよたれそつね」で終わっていて、「ならん(む)」が書かれていないところがなんとも味わい深いですよね。
トラベルライブラリーは、趣ある日本庭園に面しています。こちらの庭園は「茶庭」と呼ばれ、奥には伝統建築棟と同じ時期に建てられた茶室「思惟庵」があります。
越前から加賀にかけて使用される赤瓦の屋根が特徴的な茶室。昔、酸化鉄を含んだ赤い瓦は高価であったことから、赤い瓦で葺いてある家は富の象徴であったそう。
茶室の中に入ると、書院風の造りの落ち着いた空間が広がります。床の間に飾られているのは、「海」の文字が書かれた掛け軸。魯山人が憧れていた人物と言われる茶人で実業家の益田鈍翁(ますだどんのう)の書です。
金沢と言えば、京都・松江と並ぶ日本三大菓子処。茶の湯文化の盛んな土地柄を活かして、取材時はこちらの茶室で金継ぎの茶碗で加賀棒茶を味わう「独服」体験が開催されていました(季節によって、開催有無・体験内容は異なります)。
「金継ぎ工房」で本格金継ぎ体験!
今回、4月にオープンしたばかりの「金継ぎ工房」を見せていただきました。
陶磁器の破損した部分を漆で接着し、金などの金属粉で装飾して仕上げる日本の伝統的な修復技法が「金継ぎ」。こちらの工房では、宿泊客限定で作業を見学したり、修復行程の一部を体験できます。
北大路魯山人の「器は料理の着物」という言葉に倣って器と料理のマリアージュにこだわる「界 加賀」では、器を宝物として大切に扱っているそう。金継ぎ工房で修復した器は、実際に食事の際に使用されていることも。
元蒔絵師のスタッフが2019年から金継ぎの技術を広め、今では金継ぎができるスタッフは全体の半数を超えているのだとか。今までに修復を行った器の数は300点以上にも!
そんな「界 加賀」のスタッフから金継ぎの一部を教わることができる工房にて、Precious.jpライターも「金継ぎいろは」体験をさせていただくことに。
数ある金継ぎの工程の中から、欠けた器を漆のパテで埋める「埋め」、継いだ部分に金粉を蒔く「粉蒔き」、蒔いた金粉を漆で固める「固め」の3つの工程のどれかを体験できます。
今回、特別に「埋め」と「粉蒔き」の2工程を体験させていただきました。
まずは、欠けた器の破損部分にスタッフさんが作ってくれた漆をヘラで置いて埋めていきます。この後やすりでととのえるので、少し漆が盛り上がっているくらいでOK。
やすりで整えたら、金粉を全体に振りかけて、筆を使って漆部分全体に薄く広げてまんべんなく金粉で覆われるようにします。
「埋め」の作業も楽しいのですが、こちらの「粉蒔き」できれいに破損部分が金色になった瞬間が気持ちよく、やりがいを感じました。
あくまで一部ではありますが、自分も「界 加賀」の器の修復に関われたような気がして達成感も感じられます。食事の際には、金継ぎされた器がないかついつい探してしまいますよ。
客室はすべて「界」自慢のご当地部屋
全国の「界」では、滞在を通してご当地ならではの魅力に触れることができる「ご当地部屋」が用意されていますが、「界 加賀」では全48室のすべてがご当地部屋の「加賀伝統工芸の間」となっています。
10通りもある九谷焼の客室表札がお出迎えしてくれる客室に入ると、ローベッドとソファが配置されたゆったりした和の空間。加賀水引や加賀友禅などの伝統工芸が散りばめられたお部屋です。
加賀水引を貼り合わせた水引障子は、加賀五彩の古代紫、藍など伝統の4色のうちどれか1色が使われています。
ベッドルームの壁面には加賀水引の花紋が。お部屋によっては、加賀友禅のパネルが配されています。
ソファのある床の間には、九谷焼のタイルが飾られていました。こちらも、お部屋によっては山中漆器のうるしアートパネルだったり、加賀水引のアート額だったりと、いずれも加賀の伝統工芸が用いられています。
全48室ある「加賀伝統工芸の間」のうち、18室には温泉露天風呂がついています。温泉旅館ならではの大浴場もいいですが、好きな時間に気軽に温泉を楽しめる客室付きの露天風呂もうれしいですよね。
客室の鍵に付いたキーホルダーも九谷焼。思わず持って帰りたくなります。
九谷焼のアートパネルが展示された大浴場へ
いよいよ大浴場「九谷の湯」へ。
2017年にリニューアルした大浴場は、内風呂の壁面に九谷焼のアートパネルを組み込んだりなど、湯舟に浸かりながら加賀の伝統文化に触れられる空間に生まれ変わりました。
まず温泉に入る前に、大浴場前の畳のスペースで「温泉いろは」に参加しました。
「湯守り」と呼ばれるスタッフが、山代温泉の歴史とともに泉質や効果的な入浴法を説明してくれるので、温泉に入る前に聞いておくとより入浴が楽しめること間違いなしです。
湯上がり処には、印象的な加賀提灯が。こちらも金沢の希少伝統工芸に指定されているものですが、竹骨を1本ずつ円形に組んで作り上げた匠の技を間近で見られます。
加賀提灯には、加賀藩前田家の家紋である梅の花の模様「梅鉢紋(うめばちもん)」が描かれています。こちらの梅鉢紋は、玄関の明かり取りでも見ることができますよ。
内湯の壁の九谷焼のアートパネルは全部で4枚。「色絵」「青手」「赤絵」「藍九谷」という伝統的な4つの九谷焼様式のアートパネルです。左から、春・夏・秋・冬の季節を表現しています。
男湯と女湯ですべて違う8種類のアートパネルは、それぞれ別の九谷焼若手作家の手によりデザインされました。大浴場の外に作家と作品の紹介が展示されているので、ぜひ見られなかったアートパネルのデザインもチェックしてみてください。
さらに、内湯と露天風呂の仕切りガラスには、金箔国内生産量の9割を誇る金沢箔を用いて加賀地方の象徴・白山が描かれています。
露天風呂の天井にも金箔で月が描かれていて、夜には幻想的な空間が広がります。昼と夜とで違った表情を見せる九谷の湯は、ぜひ明るい時間と暗い時間の両方に入浴することをおすすめします。
夕食は「のどぐろと鮑の会席」
夕食は、春夏秋の特別会席「のどぐろと鮑の会席」を。
寒冷な気候や上質な水、お米の産地と好条件がそろった石川県は日本酒の産地でもあります。会席とあわせて、日本酒飲み比べもいただきました。
先付けの「堅豆腐昆布〆め」などのあとは、煮物椀の「桜餅の海老斜込み/蚕豆のかき揚げ/花びら茸 桜花」。甘くない桜餅は、もちもち食感と中に入った海老の旨みがおいしい一品。
華やかで心躍る宝楽盛りはお造り取り合わせのほか、「菜の花利休和え」や「サーモン棒寿司」、「五色饅頭」など彩り豊かなひと口サイズのお料理が並びます。
「白魚の四彩揚げ」や「甘鯛の桜花揚げ」などの揚げ物、「金目鯛と湯葉の翡翠蒸し」など海鮮尽くしの蓋物のあとは、いよいよメイン食材のひとつ、「鮑」の登場。
ワカメに包まれていたのは、「鮑の若布包み蒸し」です。磯の香りと旨みが口いっぱいに広がり、弾力のある鮑が食べ応え抜群です。
続く「のどぐろの土鍋ご飯」にも注目。土鍋のふたを開けると、すでにたくさんの料理でお腹いっぱいでも食欲をそそる香りに包まれます。しゃもじでしっかりと混ぜ、ふっくらとしたのどぐろの身とともに茶碗によそい、味噌汁とともにいただきます。
土鍋ぜんぶは食べられませんでしたが、あまりにもおいしくて、残りを夜食用におにぎりにしていただきました。
最後は、「界加賀特製 金時のデザート」が登場。お芋のムースの上にクリームとレモンシャーベットがのせられて三層仕立てになったデザートは、さわやかな味わいで贅沢な会席の締めくくりにピッタリです。
「ご当地楽」で加賀獅子舞の演舞を鑑賞
夜9:30からは、トラベルライブラリーを舞台に、金沢市の無形民俗文化財にも指定されている伝統の「加賀獅子舞」の上演があります。
地元の工芸作家や民族芸能チームの協力のもと、独自にアレンジした加賀獅子舞が楽しめます。なんと振付、衣装、音楽すべてを「界 加賀」オリジナルで制作。伝統も残しながら新しく進化した加賀獅子舞を堪能できます。
また、獅子舞が人の頭を噛む=その人についた邪気を食べるという意味があるため、縁起がよいとされています。上演中、座っている席によっては獅子舞に噛んでもらえるので、お楽しみに。
翌朝は「古総湯」で朝風呂を楽しむ
宿泊した朝はぜひ、宿の目の前に立つ風情ある公衆浴場「古総湯」へ。明治時代の総湯(温泉の共同浴場)を復元した「古総湯」は、宿泊者であれば無料で利用可能です。
お風呂の内装は鮮やかなステンドグラスが印象的。壁は拭き漆、タイルには当時のままの絵柄を忠実に再現した九谷焼が施されています。
お湯は源泉かけ流し。温度は熱めなので、シャキッとしたい朝にぴったりです。
朝食は、地域色を感じる食材や調理法を取り入れたご当地朝食。石川県の郷土食材を用いた、バランスのよい和食膳です。
小さな鍋料理は、湯気が出てきたら食べごろ。しっかりと味がついているのでまずはそのままいただき、途中から柚子胡椒をかけて“味変”が楽しめます。
チェックアウト前には、ぜひフロント横のショップへ。九谷焼の器や、お土産にぴったりな「界 加賀」オリジナルのお茶やお菓子など、見ているだけで楽しくなるラインナップ。大切な人を思い浮かべながら、ぜひお土産選びも楽しんでください。
昔ながらの温泉文化が色濃く残る山代温泉の街並みを楽しみながら、加賀文化に浸る滞在がかなう「界 加賀」。伝統的な「金継ぎ」文化の体験も含め、ぜひ「界 加賀」で記憶に残る旅を楽しんでくださいね。
問い合わせ先
- 界 加賀
- 料金/1泊 ¥31,000~(2名1室利用時1名あたり、税・サービス料込み、夕朝食付)
- TEL:050-3134-8092(界予約センター)
- 住所/石川県加賀市山代温泉18-47
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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- WRITING :
- 小林麻美