嘘が引き金となり、千紗子と記憶喪失の少年、そして認知症の父親との新しい家族関係が生まれる『かくしごと』。杏さんは揺れ動く感情を豊かに表現し、深い人間ドラマとミステリーを見事に体現しています。杏さんの新境地を感じさせる本作にちなみ、罪や愛、善と悪、そして社会の在りようまで、思いを馳せるインタビューをお届けします。

俳優の杏さん
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杏さん
俳優
(あんさん)1986年、東京都生まれ。'01年モデルとしてデビュー。'05年から海外のプレタポルテコレクションで活躍し、'07年に俳優デビュー。2023年には映画『TOKYO MER~走る緊急救命室~』『キングダム 運命の炎』『私たちの声』『翔んで埼玉 〜琵琶湖より愛をこめて〜』『窓ぎわのトットちゃん』と、数々の話題作に出演。俳優業を中心に、ナレーターや声優など多彩に活躍。2022年からは、3人の子供と共に日本とパリの二拠点生活を送る。日々の暮らしを伝える、YoutubeやInstagramも人気。

「何が正しくて間違っているのか。死生観や倫理観は、時代や地域によって異なる」

――監督からの「誰かになる、演じるのではなく自分の言葉で言ってほしい…」とのお話を受け、感情だけで演じていった感覚があったとか。

「専門的な役ではなく日常を描く物語だったということもあり、実際にお父さん役の奥田瑛二さんや、拓未役の中須翔真くんと対峙してみて、出てくるものを大事にできたらと思っていました。事前の準備としては、『役の思い出』をつくることでしょうか。

たとえば、千紗子が楽しかったことや幸せだった瞬間を、たくさん思い出すんですね。妄想ではありますが、子供や父親に対してどう感じていたのかを辿っていく。人は何もないところから悲しくなるわけではなくて、大事なものが失われてしまったから絶望するのではないかと。他の役を演じるときも、イメージするところから始めています。昨日起きたことに対する思いと、数か月後の感情は違うので、その間の時間をどう過ごしていたかシーンとして想像することも。私自身が本や漫画が好きだから、というのもあるかもしれません」

俳優の杏さん
「役作りの始めの作業は、『役の思い出』をつくること」(杏さん)

――作中では、記憶をなくした少年が虐待を受けていると気づいた千紗子が、強い母性と意志で彼を守ろうと行動していきます。杏さんと似ている、もしくは共感するところはありますか? 

「自分の体を通して演じてはいますけれど、役に対しては自分と似ているかどうかよりは「友人が増える」という感覚でして。行動の強さは、悲しい過去があったからでもあり、苦しむ姿を目の前にしたら今度こそ自分の手で守ってあげたいという経験の下地があったのかと。この少年を救うことに迷いはなかったのかもしれないなと、私は思いました。

千紗子は、法律の下では本来成すことができない領域へ軽々と飛び越えていきます。でも、150年ほど前までは仇討ちが認められていたように、死生観や倫理観は、時代や地域によって大きく異なる。千紗子の行動は、事実だけを見れば犯罪かもしれませんが、悪いことをしたかったわけではない。今の日本の社会にはそぐわなかったけれど、何が正しくて間違っているのかは本当に判別が難しいなと思います」

―――今回の役では、ニュースを見る中で様々な環境にいる子供たちに対する思いが年齢を重ねて変わってきたことで、その思いを反映できると感じたとか。以前と比べてどんな変化が?

「年を重ねると涙もろくなるといいますか、自分でも以前は想像できなかったところまで思いが広がるようになりました。悲しみや苦しさも含めて動かされる感情の幅が、20代の頃と比べるとずっと大きくなったなと。この映画では、自分の中の感情の大きさを思いきり出した気がしています」

俳優の杏さん
「悲しいニュースに触れると、自分でも以前は想像できなかったところまで思いが広がるように」(杏さん)

―――拠点生活の中で、ふだん報道にはどのように触れていらっしゃいますか?

「フランスのニュースと日本のニュースを両方チェックすることが多いですね。たとえば、ヨーロッパでは大きなニュースが日本ではあまり報道されていないこともありますし、その逆もあります。ネットニュースを通じて情報を得て、実際に日本に住む友達に聞いてみると、『それほど大きな話題ではないよ』と言われることも。情報のギャップがこれからどう積み重なっていくのか、そしてそのギャップをどう埋めていくのか、自分でも興味をもっているところです」

――実生活で杏さんご自身が子育てにおいて大切にしていること、お子さんたちに伝えていることは?

「私自身はそこまで自信がないからというのもあるんですけれども、『親は絶対ではないし、親だから偉いとか、言うことを聞かなければいけないというわけではない。だから、間違いがあったら正してほしいし、何か聞かれたら答えるけれど、それが正解かどうかは誰もわからないよ』とは話しています」

――子供を守る社会にするために、どんなことが必要だと思いますか?

「一般的に子供は成長と共にできることが増えていくので、親として何か子育ての課題に直面していても、長く苦しむというより一過性でまた次の課題に向き合わなくてはいけない側面があるのではないかと。だからこそひとつひとつの問題が表面化しづらいと感じています。

実際に私も子供が赤ちゃんの頃に困っていたことの記憶が薄れてしまっているのですが、一方で新たに親になった方たちは、同じことで繰り返し大変な思いをされている。投票などの行動も含め、変えられるチャンスがあるならば、自分の感じたことや考えを積極的に表せる自分でありたいなと思っています」

「変えられるチャンスがあるならば、自分の感じたことや考えを積極的に表せる自分でありたい」(杏さん)
「変えられるチャンスがあるならば、自分の感じたことや考えを積極的に表せる自分でありたい」(杏さん)

お話の続きは、杏さんインタビューVol.02で! 映画『かくしごと』にちなんで〝嘘〟をめぐる思いも語っていただきました。

映画『かくしごと』 2024年6月7日(金)全国公開!

映画「かくしごと」キービジュアル
(C)2024「かくしごと」製作委員会
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絵本作家の千紗子は、認知症を患う父・孝蔵の介護のため、渋々田舎に戻ることに。よそよそしい父との生活に疲れ果てていたある日、事故で記憶を失った少年と出会う。少年の体には虐待の痕があり、千紗子は彼を守るために自らを母親だと偽ることを決意する。
ひとつの“嘘”から始まった千紗子と少年、そして認知症が進行する父との共同生活。ぎこちないスタートながらも、次第に心を通わせ、新しい家族の形が生まれていく。しかし、そのささやかな幸せは長くは続かなかった。
なぜ彼女は嘘をついてまで少年を守ろうとしたのか。少年に隠された秘密、思い出してはいけない過去、ひとつの嘘をきっかけに明かされていくそれぞれのかくしごととはー。

脚本・監督:関根光才
原作:北國浩二『噓』(PHP文芸文庫刊)
出演:杏、中須翔真、佐津川愛美、酒向芳、木竜麻生、和田聰宏、丸山智己、河井青葉、安藤政信 /奥田瑛二
音楽:Aska Matsumiya
主題歌:羊文学「tears」F.C.L.S.(Sony Music Labels Inc.)
配給:ハピネットファントム・スタジオ
(C)2024「かくしごと」製作委員会

公式ホームページ / 公式X

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PHOTO :
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STYLIST :
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WRITING :
佐藤久美子
EDIT :
福本絵里香