2025年秋冬コレクションから読み取る「女らしさ」とは?

「ファッションは時代を映す鏡」とよく言われる。2025年秋冬コレクションは、まさにその言葉にふさわしく、現在世界が直面している先行き不透明な世相や目まぐるしい変化に対応するメッセージに満ちていた。

特に、パンデミック以降ファッション界のみならず、社会的指標とされてきた「LGBTQ(多様な性のあり方を受容する)」や「ダイバシティ(多様なバックグラウンドをもつ人々を受け入れる)」の流れに対して、世界最大の消費国である米国において否定的なニュアンスが生まれるに至ったことには、ファッション界が一斉に反発したように感じられた。

とりわけお膝元のニューヨークコレクションにおいて、「自分のジェンダーを押し出すことによって、他者のジェンダーも受容する」という強い意志を漂わせるコレクションが増えたのは皮肉なことだ。

また、若い女性デザイナーに「ジェンダーレスでありながらセクシー」「シンプルを女っぽく装う」というクリエイションが多く見られ、そしてパリやミラノでは「今の時代における女らしさとはいったい?」の問いかけが目立った。

変わりつつあるデザイナーとブランドの関係性

相次ぐデザイナー交代も、様相が変わってきた。これまでは、ブランドに起用されてすぐ次の時期にコレクションを発表するという早業も話題であったが、必ずしも成功とは言えないブランドもあり、早急なコレクション発表に慎重な姿勢を見せている。

起用したデザイナーとブランドとのケミストリーをじっくりと育み、成熟した関係を築き、満を持してコレクションを発表するというスタイルに変わりつつあるようだ。その時代に即したやり方が最も成功したのが「シャネル」である。

マチュー・ブレイジー(元「ボッテガ・ヴェネタ」)をアーティスティックディレクターに抜擢したものの、3月の2025/26秋冬ファッションウィークではアトリエのクリエイティブチームが製作発表することに。マチューのデビューは、10月開催の2026年春夏ショーからと目されている。

オーラ煌めくカール・ラガーフェルドや、彼の後を受け継いだヴィルジニー・ヴィアールのコレクションを具現化し続けてきたアトリエの実力は素晴らしく、職人技と伝統から湧き上がる豊富なアイディアが、シャネルのDNAを見事に表現。

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「シャネル」2025-26年秋冬コレクションより。(C)Chanel

白黒、リボン、ツイード、パールのネックレスなどの伝統のブランドアイコンを配色やサイズ感などで巧みに遊び、若々しい解釈で次世代へと繋いだ。特に定番アイテムをチュールに包むという発想は、正統を保つブランドであるからこそ成立する鮮やかな切り口だ。 

また、長年デザイナーの右腕として伴走してきたアシスタントがそのまま内部昇格した「ドリス ヴァン ノッテン」のジュリアン・クロスナーのデビューショーも、大きな拍手に包まれた。

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「ドリス ヴァン ノッテン」2025年秋冬プレタポルテより。(C)Dries Van Noten

念願であったというオペラ座の回廊を舞台に、オペラ座の絢爛な緞帳などを思わせるディテールも多く見られ、多様なエキゾチシズムや素材へのこだわりなど、ブランドが培ってきた個性を凝縮させたコレクションに、オペラ座のシャンデリアがいっそうの華やかさを添えていた。

「可愛い」だけでは終わらない、ネクストトレンドに注目!

2025年秋冬は、普遍な女らしさを象徴するものとして、お人形的な可愛いデザインが数多く出てきたのもトレンドの特徴である。リボン、フリル、オートクチュールのようなお仕立て感、ダーツやタックなどを駆使して、上品に胸の高さやウエストの細さを強調、着る人にフィットする高級感溢れる仕立てが漂わせる女らしさだ。

だが、この「普遍性」が古臭ささにつながらないところに今季らしい解釈がある。それがおそらく「女らしさは、今どうあるべきか」の問いに対しての答えではないだろうか。

最も強烈なメッセージを投げかけたのは、ミラノの「プラダ」である。ショーのタイトルは「素のままの美しさ」──不完全さに宿る美しさだ。華やかなアイテムを素朴なディテールで表現、現代における女らしさを問いかけている。

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「プラダ」2025年秋冬ウィメンズコレクションより。(C)PRADA

一見すると、1960年代前後のジャッキー・ケネディを思わせるオートクチュールスタイル。ネックラインが首から離れたファーラウェイカラー、ウエストのリボン、大きなくるみボタンなど、クチュールの「コード」あるいは一般的な女らしさの「記号」のようなディテールが多用されている。

だが、フィット感が最も重要なクチュール風の仕立てにもかかわらず、身体より一回り大きく浮いたようにぶかっとしたシルエット、よく見ると縫い目も表裏で粗く、花柄プリントのドレスはシワ素材で仕立てられ、「しわひとつない小綺麗な」伝統的女らしさの印象を大きく裏切る。久しぶりのポインテッドトウのハイヒールの登場も、まるで使い古しの革で作られたように見える。

「戦乱の時代に私たちのファッションはどんな意味をもつのだろうか?」と、典型的な高級な服を借りてミウッチャ・プラダは問いかけている。

そしてパリで発表した「ミュウミュウ」でも、「この困難な時代に女らしさは必要なのでしょうか?」と同じ問いかけをしている。派手さより、親しみやすさを。経済的な不安や、戦争が身近にある恐怖の時代に必要なものは、日常的な着やすさではないだろうか?

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「ミュウミュウ」2025年秋冬コレクションより。(C) Courtesy of Miu Miu

着やすい服を彩る、ファーのストールや装飾的なブローチの複数付け、大ぶりのイヤリング、フラッパーのようなクロッシェ帽、それに逆毛をたてて膨らませた50年代調ヘアスタイルが、レトロなエレガンスを漂わせながら、誇張されたクラシックを連想させる。ハイソックスやハンドバッグ。スーツやジャケットの両肩を抜いて着こなすなど、定番を表情豊かにスタイリングするアイディアも満載だ。

ミニマルやクワイエットラグジュアリーは、もういらない。かといって飾り立てるのは気分じゃない。アクセサリーで定番アイテムを飾り、カラフルさや女らしいディテールを楽しみたい。実用的で、自分で調整できる華やかさこそ、自立したファッションでは? という女性の今の気持ちを代弁するようなファッショントレンド。

同時にヨーロッパ大陸では、コレクションの時期にも、戦争が地続きの場で続いているという日常の切迫した実感がある、混乱や、矛盾、そこから生まれる希望…そんな錯綜した思いが伝わってくるような2025年秋冬のコレクションであった。

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この記事の執筆者
1987年、ザ・ウールマーク・カンパニー婦人服ディレクターとしてジャパンウールコレクションをプロデュース。退任後パリ、ミラノ、ロンドン、マドリードなど世界のコレクションを取材開始。朝日、毎日、日経など新聞でコレクション情報を掲載。女性誌にもソーシャライツやブランドストーリーなどを連載。毎シーズン2回開催するコレクショントレンドセミナーは、日本最大の来場者数を誇る。好きなもの:ワンピースドレス、タイトスカート、映画『男と女』のアナーク・エーメ、映画『ワイルドバンチ』のウォーレン・オーツ、村上春樹、須賀敦子、山田詠美、トム・フォード、沢木耕太郎の映画評論、アーネスト・ヘミングウエイの『エデンの園』、フランソワーズ ・サガン、キース・リチャーズ、ミウッチャ・プラダ、シャンパン、ワインは“ジンファンデル”、福島屋、自転車、海沿いの家、犬、パリ、ロンドンのウェイトローズ(スーパー)