「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で36年連続1位に選ばれる旅館・加賀屋のマネジメントとは?

石川県、能登半島。風光明媚な能登の里山里海が、日本で初めて世界農業遺産に認定されました。羽田空港から、のと里山空港へはANAで1時間弱。悠々と時間が流れる非日常のリゾートがこんなにも身近に。この能登で112年もの間、旅人を迎えてきた名旅館が、和倉温泉の「加賀屋」です。

加賀屋の廊下

「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で36年連続1位という記録を達成。その名を一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。若女将を務める小田絵里香さんに、加賀屋流おもてなしを支えるマネジメントについてうかがいました。

疲れた心がほぐれる、豊かな自然と人の温かさ

加賀屋の若女将・小田絵里香さん
―――今回お邪魔するまで能登は、秘境=気軽には行けない…という印象があったのですが、飛行機を利用したら、のと里山空港からの移動も含めて羽田から2時間かからず、あっという間で驚きました。それでいて、時間の流れが都会とはまるで違うので一気にリラックスできて。日本海沿いということで波しぶきが舞う風景を想像していたのに波も穏やかですし、いい意味でイメージがくつがえされました。

小田絵里香さん:内海なので、〝冬の日本海〟のイメージはないんですよね。海の目の前に建っていることで、お部屋や温泉からの景色もとても開放的で。私も20代まで東京で働いていましたが、なかなか都会では味わえない非日常ではないかなと思います。お仕事などでお忙しい日々の中でも、季節を感じられる場所。食材も花も生きているなと実感していただけるのではないかと。

穏やかな七尾湾に面する「和倉温泉 加賀屋」(写真提供:加賀屋)
取材時は、乗り合いで希望の場所に降りられる「ふるさとタクシー」を利用(要予約)。乗り場は「のと里山空港」の出口からすぐ、和倉温泉エリアまで片道1600円と便利。ただし、飛行機は現状朝夕の1日2便。朝便ならチェックインの時間に合わせて、近隣を観光してから向かうのがおすすめ。電車の場合は、東京からは北陸新幹線、大阪からはサンダーバード、名古屋からはしらさぎで金沢経由。金沢駅からは特急で約1時間。和倉温泉駅まで無料送迎バスあり(要予約)。
―――小田さんは、現社長の小田與之彦さんとのご結婚を機に、キャビンアテンダントから若女将に転身されたとのこと。

小田さん:はい。出会った当初は、まさか老舗旅館の跡取りとも知らず(笑)。私の実家はサラリーマン一家で、家業を営むことの基本のキの字もわからないまま飛び込みました。1年間は客室係をはじめ、さまざまな部署を回って修業の日々。それまで企業のマニュアルで生きてきた私にとって、女将業はまったくマニュアルのない仕事で。義母をお手本にゼロから学びましたね。

―――実は、大型旅館でひとりだと気おくれしてしまうかな、と思っていたんです。実際に宿泊してみると、客室係の方はもちろん、フロントで、大浴場で、割烹でそれぞれのスタッフの方にさりげない心配りをいただき、ひとり旅でも寂しさをまったく感じませんでした。

小田さん:お客様がもともと想定していたことではなくても、どこかに抱いている旅への期待を想像してそれを具現化できるように、みんなでアイデアや情報を共有していますね。お客様から喜ばれた事例はスタッフルームの壁に貼り出して、いいことだけではなく、クレームも全員に共有します。

―――クレームもですか!?

小田さん:はい。だれに責任があったのか、本人のスキルが足りなかったのか、事前に相談したら防げたのか、ほかの人たちにも起こり得るならシステムでどうカバーするか…。臭いものに蓋をしてあいまいにするのではなく、しっかり原因分析をしてすぐに対策を練ることでいい循環が生まれると実感しています。

雪月花の部屋イメージ。日本古来の情緒に安らぐ(写真提供:加賀屋)

マニュアルでは味わえない、「笑顔で気働き」のおもてなし

―――800人を超えるスタッフの方がいらっしゃって、伝統を知らない若い方に加賀屋の真髄「笑顔で気働き」を伝えていくのは簡単なことではないと思いますが、どのようなお話をされているのでしょう?

小田さん:「お客様の満足は、マニュアル半分。残りは自分の感性や現場の力で100にしよう」と言っています。ホテルではなく、旅館ができることは「文化の継承」。おかげさまで、自分の感動や存在意義を仕事のやりがいだと感じてくれる人が多くて。近年は採用時にも、海外への留学経験があって、日本のおもてなしを学びたいと加賀屋の門を叩く若い人が増えています。一度外に出ると自分に足りないものがわかるようで。

とはいえ、今の若い人は「笑顔で気働き」と言われてもどういうふうにしていいかわからないのが現実だと思います。私たちの時代は先輩の背中を見て学ぶというスタイルでしたが、もう精神論では伝わらないですよね。どうしたらお客様が喜んでくださるか考えるには、経験と感性が必要ですが、それを補うのはやはり同僚たちの事例の共有。属人的になってしまいがちな「おもてなし」を〝見える化〟すると、チームとしての力も向上します。

そして、いいサービスだと感じたり、自分の仕事を手伝ってもらったときに社員同士が渡し合う「スマイルカード」も導入して表彰を行っています。お互いに褒め合うことで、喜びをさらなるモチベーションにしてくれているようです。

加賀屋の伝統のおもてなしのひとつ、お出迎え(写真提供:加賀屋)
―――私の部屋を担当してくださったのもお若い方で、明るい笑顔が印象的でした。翌朝の予定を聞かれて「歴史に興味があって、近くを歩いて回りたい」とお話ししたら、観光マップを持ってきて、見どころや帰りの時間に無理がないようアクセス方法を教えてくださって。スマホで名所やお店を検索し続ける旅は便利ですが味気ないもので、偶然の出会いが起きるこういった生身のコミュニケーションが醍醐味だなと感じました。

お客様のご要望は本当にさまざまですが、「できません」「わかりません」と安易に答えるのではなく、何かお応えできることはあるはずだと努めています。孫くらい年の離れた係と話が進むこともありますし、東北の方には東北出身の者を、お酒好きな方には盛り上げ上手な者を…というように、お客様のデータを見ながら担当をマッチングしています。到着されてからお客様の様子を見て、変更することもありますね。

人は財。教える、叱るだけでなく、共に喜び、ときには抱きしめて共に泣くことも同じくらい大切だと私自身学びました。人手が潤沢とは言えない田舎で、スタッフの平均勤続年数が長いのはありがたいことですが、次の場所を求めて辞めていく子がいたとしても、「もしいつか、ひとりで子供を抱えて生きていかなくてはならなくなったら、また帰っておいで」と送り出しています。

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問い合わせ先

  • 加賀屋
  • TEL:0767-62-4111
  • 石川県七尾市和倉町ヨ部80番地
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PHOTO :
宮島直史
EDIT&WRITING :
佐藤久美子