コンテンポラリーダンスカンパニー TheBambiest(ザ・バンビエスト)を主宰し、宝塚歌劇団やミュージックビデオ、イベントも手がける、振付・演出家の菅沼伊万里(すがぬまいまり)さん。
今回の四大陸フィギュアスケート選手権2020では、羽生結弦(はにゅうゆづる)選手の「音の解釈」の素晴らしさに驚いたといいます。その細やかな身体表現・音楽表現について、ダンス業界からの目線で分析してもらいました。
主要国際大会のすべてで優勝する「スーパースラム」を達成したトップスケーターの羽生選手ですが、音楽を表現するアーティストとしての才能にも注目です!
羽生選手自身が音楽と化したショートプログラム『バラード第一番』
「観客をエクスタシーに導くプログラム構成」
「冒頭から動きが音にぴったり合っているのは、さすがですね。音の一番アクセントの強いタイミングと、ジャンプの一番高い瞬間が重なるようになっていますし、そうなるために踏み込む前のターンでも、音と足首の動きを合わせています。ご本人がおっしゃっていた『曲と一体化することを目指す』というのは、そうした音のアクセントを意識していることがまず言えると思います。
スピンの入れ方もおしゃれですね。あえて、音の緩やかなところを4倍速で刻むような感じ。いい意味で観客を裏切るし、ここで緩急が生まれているので、次の盛り上がりへの伏線にもなっています。もちろん前半にこの技を入れなきゃいけないとか、フィギュアスケートのルールも鑑みていると思いますが、こういう工夫が観客をエクスタシーに導く要素なんです」
「氷上で物語を演じられる、数少ない選手の一人」
「後半の盛り上がりでは、音とステップの超絶技巧を組み合わせています。スケートって氷の上を滑りますし、技の規定もあるので、あまり余計な動きは入れられないはず。そういう意味においても、このプログラムはスケーターができる最大限の(動きの)アクセントを入れてきていると思います。
普通のスケーターなら入れないようなところにも、細かく音に合わせて腕を一振り入れるとか、それだけで全体の印象が全然違いますから。技と技の間も流れがあり、物語を表情でも伝えられる選手は少ない。でも羽生選手はアスリートとしての技術と、芸術家としての表現の両方をコントロールしています」
「一音一音すべてに彼自身が薫る、そんなプログラム」
「実はダンサーでも、音感やリズム感がない人は大勢いるんです。おそらくフィギュアスケーターも同じで、全員が音感がいいとは限らない。昔のスケーターだと、カタリナ・ヴィットさんは『カルメン』(1988)で、見事に音と一体化していましたね。羽生選手の敬愛するエフゲニー・プルシェンコさんも、よく音を聞いている選手という印象でした。でも、この『バラード第一番』は、さらにその先を行っている印象。
一音一音すべてに彼が薫るというか。ピアノやバイオリンと同じように、羽生選手自身も楽器となって曲の中に、楽譜の中に入り込んでいるのが分かります。おそらく曲を何百回と聞きこんで、作曲者のショパンと会話をしているのだろうと思います」
「ショパンとのジャムセッションを見ているかのよう」
「ただ曲にカウント通りに踊っても、『音と一体化』はできません。カウントはただの指標なので、一度体に叩き込んだら、今度はそれを忘れなくてはならないんです。羽生選手も最終的にカウントから解放されて、彼自身が音楽になっています。ショパンという波に乗って、音符と音符の間で遊んでいるようなイメージ。まるでショパンとジャムっているかのようです。彼の演技はそういう境地にいっているから、見ていて気持ちいいですよね。
『バラード第一番』はすごく彼に合っているし、いい選曲だと思います。フィギュアスケートに合わせやすい要素も詰まっています。他のクラシック音楽なら、リストやバルトークも挑戦的でかっこよく、それでいて音の隙間もあるので、羽生選手の演技に合うんじゃないでしょうか。闘う騎士(ナイト)のような、キレの良い大人の力強さやセクシーさも、今後の演技で見てみたいですね!」
羽生選手の代表的プログラム、フリースケーティング『SEIMEI』
「モンスターのような作品を一度、完成させてしまった」
「フリーは伝説の陰陽師・安倍晴明がテーマですよね。ストーリー性ありきですし、緊張や集中力が『バラード第一番』以上に求められるプログラムだと思います。陰陽師というのは平安時代において科学や占いの両方を司り、スピリチュアルな要素もあったし、晴明自身も『狐の化身』と言われていた人物だったんですよね。平昌五輪の時は、まさに晴明のごとく、妖魔を退治しそうな神秘的なオーラを感じました。
そういうモンスターのような作品を完成させてしまい、今もう一度『神聖な者』を降臨させなくてはいけないのは、完璧主義者の羽生選手にとって本当に大変なことだと思います。構成が変わったとはいえ、滑り慣れた自分の十八番を、リフレッシュした感覚で演じるのは、なかなか難しいことなので。ダンサーも踊りこみ過ぎると、当初の緊張感が薄れたり、振付の意味などが昇華され過ぎたりします。音と動きは完璧なのに、振付に魂が宿らない時があるんです」
「皇帝である彼が、次に目指すのは芸術の完成」
「羽生選手のこの二つのプログラムは競技ではなく、もはや芸術作品。勝ち負けや技術の問題ではなく、芸術の域に達するということをご本人も目指していると思うので。今回の『SEIMEI』は競技的にミスがあったということよりも『神聖さ』を体現できていたか、という点が私は気になりました。それは、彼が目指す芸術作品において最も大事な部分であると思うので、おそらくご本人が一番悔しかった部分でもあると思います。
そういったことも含めて、世界選手権での再演が非常に楽しみです。すでにスケート界の皇帝となった羽生選手が、この先どんな『芸術』を完成させるのか、そこに注目したいですね」
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世界フィギュアスケート選手権は、2020年3月16日(月)から22日(日)まで、カナダのモントリオールで開催予定。ここでは、羽生選手の最強のライバルであるネイサン・チェン選手との熱戦も期待されています。次の試合に向け、さらに磨きがかかるであろう『バラード第一番』と『SEIMEI』に、ぜひ注目したいですね。
フィギュスケート界だけでなく、ほかのジャンルのクリエイターやアーティストも魅了する、羽生選手のスケートに日本からも熱いエールを送りましょう。
Precious.jpでは、今後も強く美しく戦うフィギュアスケーターたちを応援すべく、さまざまな情報を発信してまいりますのでお楽しみに!
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- TEXT :
- Precious.jp編集部
- WRITING :
- Fuyuko Tsuji