8回の転職の末たどり着いた「カルチュラル・マネージメント」という新境地

「アートを通して、歴史、価値、認識、感動など全て!を日々学んでいるので、一生飽きないと思っています」──。アートが大好きでアートで繋がり、体験を分かちあえることが最高に幸せ、と語ってくれた、ニューヨーク在住カルチュラル・マネージメントの斯波雅子(しばまさこ)さん。

大学卒業後から20年近く、ニューヨークのアート界で培ってきた経験をいかし2020年9月に独立、非営利・営利問わず、財団やアーティスト等と幅広くプロジェクトベースでコラボレーションする「カルチュラル・マネージメント」として第一歩を踏み出したばかりです。

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ニューヨーク在住カルチュラル・マネージメントの斯波雅子(しばまさこ)さん

津田塾大学の英文科に進学し、一年間の留学のつもりできたラトガーズ大学で美術史と出合って魅了されたという斯波さん。結果として美術史専攻として卒業し、そのままアメリカに残ることに。

じつは在米の日本メーカーに3年間、そのあと、米系エアラインで客室乗務員をした経験もある斯波さんですが、今はなきイセ文化基金NYギャラリーでアシスタントとして初めてのアート界での仕事についたのち、オークションハウス サザビーズ北米本社、その後はジャパン・ソサエティー、アジア・ソサエティー、アジアン・カルチュラル・カウンシルと世界最高峰のアート機関でキャリアを積んできました。

「8回転職してます」と苦笑する斯波さんですが、それは日本のものとはニュアンスが違い、実力があるからこそ引き抜きが絶えない、というアメリカ・ビジネス界の背景があります。

それでは早速、コロナ禍にありながら独立という決断をし、新たな一歩を踏み出した斯波さんにうかがった、キャリアに関するエトセトラをご覧ください。

ニューヨーク在住カルチュラル・マネージメント 斯波雅子さんへ10の質問

──Q1:最初に就いた仕事は?

「ニュージャージーの大学を美術史専攻で卒業した後、人材紹介会社から『受かるわけがないから練習に』とインタビュー(面接)に送り込まれた日系ケミカルメーカーで、なぜか雇っていただきました。おかげさまで全く今まで知識がなかったビジネスの世界について勉強する機会を得られて、とてもラッキーでした。

その後、米系エアラインで客室乗務員をしたことも。楽しかったです! そして、今はなきイセ文化基金NYギャラリーでアシスタントとして初めてのアート界でのお仕事に就きました。世界のアート界の中心であるニューヨークでキャリアをスタートしたため、見るもの、出会う人、全てが新鮮で、毎日が刺激的でした

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マンハッタンのミッドタウンにあるニューヨーク近代美術館「MOMA」で、ジャクソン・ポロック「ワン:ナンバー 31」を鑑賞する斯波さん。
──Q2:現職に就いた経緯とその内容は?

「以前から独立は視野に入れていましたが、コロナ禍でアート業界全ての在り方が変わった今、私にできることは従来の与えられた役割とは違うのではないか、と改めて思うに至り、時期をずらした方がいいのか迷いもしましたが、尊敬する先輩方に『雅子にできることを突き詰めていけばいい』と背中を押していただいて、このタイミングであえて果敢に独立してみました。

今はまだ、自分が決意したこと自体にすっきりとした思いでいるのと同時に、これからのいろいろな可能性にワクワクしているところです」

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「ニューヨーカーの制服」とも呼ばれるブラックのドレスをまとってガラディナーに出席することも。

「現職では、ニューヨークでアジア現代美術を中心に非営利・営利でアートに関わってきた経験を活かして、さまざまな文化事業に取り組んでいこうとしています。今のところ主なプロジェクトとしてお話をいただいているのは、個人コレクターの財団設立、レジデンシー(研修員)の資金調達を中心としたイニシアチブ、アジアに拠点を持つアーティストの海外向け戦略など。

コロナ禍でリモートなのはもちろん、新たに、事業支援者のエシカルさ、BLM(Black Lives Matter、アフリカ系アメリカ人に対する暴力や構造的な人種差別の撤廃を訴える運動)を念頭に置いた理事構成のダイバーシティ重視等今までにはない局面に置かれているため、築き上げてきたノウハウや自分の中の固定概念を一旦全部捨てて、本当に大事なことは何か、時代のニーズを見極めて、それぞれに新たな価値観と意義を見出すことをテーマにして取り組んでいます」

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最近はコレクターからのリクエストで、作品を実際に見にいくことが多いのだとか。

オープンマインドが成功の秘訣。素直な好奇心がよい方向に導く

──Q3:キャリアにおける最大のチャレンジは?

「現在世界中が直面しているコロナという災禍はさておき、個人的に一番大きかったチャレンジは、前職のアジアン・カルチュラル・カウンシルで日本事業の財団化に携わったことです。

大学卒業と同時にニューヨークで就職したため、これが大人になって初めての日本でのお仕事、初めての日本アート界、もちろん初めて財団を設立するという、文字通り初めてだらけ。やる気と勇気だけで臨みましたが、ふたを開けてみたら、沢山の素晴らしい出会いと多くの学びを得た、大変貴重な体験となりました。

若輩者の私を信じ、こんなに大事なプロジェクトを託してくださった皆様にはいくら感謝してもしきれません」

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真剣にアートと向き合う斯波さん。
──Q4:成功の秘訣は?

オープンでいることが大事だと思っています。アートとは『新しい物事のとらえ方の提案』だと思っているのですが、同じように、自分とは違う視点を尊重し、思いがけない事態に対しても素直な好奇心をもって接していけば、結果として物事がいい方向に進む気がしています」

素晴らしいメンターたちからの学びを糧に

──Q5:挑戦することに恐怖を感じた際、どう乗り越えますか?

「昔から『失うものは何もない』精神で突き進んできましたが(笑)、大人になった今も多少そのスピリッツのまま、いろいろな物事を加味したうえで結局は『まずはやってみる』ことにしています」

──Q6:メンターはいますか? 

「これまで幸いにも仕事を通して、多くの素晴らしい方と出会う機会があり、それぞれからとても沢山のことを学ばせていただきました。特にアート界でのメンターとしては元上司にあたる二人をそう呼ばせていただいています。

ひとりは元サザビーズ北米本社副会長等を歴任し、現在は兵庫県立美術館の館長でいらっしゃる、蓑 豊先生、そしてもうひとりは、ニューヨークのジャパン・ソサエティーという非営利団体の元ギャラリー・ディレクターで、現在はReversible destiny foundationのアソシエート・ディレクターでありながら個人でキュレーターとしても大活躍されている手塚美和子さん

あと、正確には元上司ではないのですが、アジアン・カルチュラル・カウンシル日本財団 麻生和子代表理事にも、常に励ましとインスピレーションをいただき、先述のお二人も含め、皆様のご厚意にはいくら感謝してもしきれません。それぞれがメンターでありながら大恩人です」

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右が手塚美和子さん。

自分をもっと信じよう!より多くの人とアートを共有したい

──Q7:現職で最も気に入っている点は?

「ここまでキャリアアップできたのは、よい団体に属し、ご縁と運のよさに助けられてきただけだと、なかなか自分に自信がもてなかったのですが、こうして個人で活動しても色んな方がお声がけくださることがわかり、素の自分の実力を評価していただけていることにとても勇気を得られました。

自分をもっと信じてあげよう、本当に面白い・意味がある、と思えるプロジェクトにだけ関わろう、と決意できて、独立の道を選んだことで、第二のキャリアのステージに入れた気がしています」

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ニューヨークのアートスペース NOWHEREでアーティスト、野村康生さんに個展をご案内頂いている様子
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それぞれが世界で活躍されている、アーティスト 杉本博司さん(中央)と、建築家 重松象平さん(右)と、ジャパン・ソサエティーのレセプションにて。

「アートが大好きでこの業界にいるので、実際のアートを、それを作ったアーティストや世界中のアートでつながっている友達と一緒に見て、体験を分かち合えるのが、最高に幸せです。アートを通して、アートと関わることを通して、歴史、価値、認識、感動など全てを日々学んでいるので、一生飽きないと思っています。今後、より多くの人とアートを共有できるような仕事ができるように願っています」

──Q8:キャリアにおける後悔は?

「キャリアにおいてだけでなく、やること成すこと全てにおいて、必ずしも満足はしていないけれど、後悔もしていないです。ハッピーではないことやまわりに迷惑をかけてしまうこともあるけれど、真摯に愛と思いやりをもっているなら、その結果がどうなってもある意味仕方ない、とちょっと反省と諦めのようなものはあります(笑)

そして、コネも何もないところからスタートして、ニューヨークで20年近く、世界最高峰のアート機関で何億ものお金が動くプロジェクトをお任せいただき、この時代のトップクラスのアーティストやコレクターの方々とお仕事付き合いさせていただいている現実を卑下せず、お世話になった皆様への感謝もこめて、やってこれたこと自体に自信をもっていけるようにしたいと思っています」

仕事は仕事、なくても死なない。強いメンタリティーでワークライフバランスを改善

──Q9:アート業界の働く環境や、コロナで変わったことは?

「本来アート業界は、夜遅くまでの不規則な長時間労働に加えてフェアなどで世界中を常に飛び回っているので、性別を問わず働く環境がタフですが、コロナ禍でその様子は一変するとみられています。

今後、移動を伴う世界中のアートフェアやビエンナーレは格段に減り、大規模なガラやレセプションはもちろんこの先何年か行われないでしょうし、重鎮のコレクターの方の多くはシニア世代でいらっしゃるため必然的にしばらくは対人コミュニケーションを控えなければなりません」

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ニューヨークでもマスクはニューノーマル。

「これらを始めとした影響は、既存の業界の在り方を大きく変え、そのため、アートを生業にしている人はみんな、大げさかもしれないけれど、自分の存在意義と、何のためにアートをやっているのかという信念の再確認に迫られています。各自の役割の必要性を正確に見極め、その上であえて、仕事は仕事、なくても死なない、というメンタリティーを持って、ワークライフバランスを改善していくべきだと思っています」

──Q10:働く女性にアドバイスはありますか? 

「質問に対して謎かけみたいな回答になってしまうのですが、まわりにいる人達のアドバイスを積極的に聞くことをおすすめします。必ずしも言われたこと全部を取り入れる必要はないけれど、その意見を聞いて自分がどう感じたかを認識して、自分の中で消化することが、迷った時の答えを出すときの心強い判断材料になると思います」


以上、ニューヨーク在住カルチュラル・マネージメントの斯波雅子さんにうかがった、キャリアについての10の質問でした。

明日公開の【ライフスタイル篇】では、2020年3月はかなり厳しく自主隔離生活をしていたという斯波さんのワークライフバランスのとりかたや、おすすめの瞑想&運動のアプリなど、キャリア女性的プライベートについて、Precious.jpに語ってくださいます。どうぞお楽しみに!

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この記事の執筆者
立教大学法学部卒。ドイツメーカーにパーチェイサーとして勤務後、2009年に渡米し音楽修行。ジュリアード音楽院、マネス音楽院にて研鑽を積む傍ら、2014年ライターデビュー。2018年春に帰国し、英語で学ぶ音楽教室「epiphany piano studio(エピファニーピアノスタジオ)」主宰。ライターとしては、ウェブメディアを中心にファッション、トレンド、フェミニズムや音楽について執筆している。
公式サイト:epiphany piano studio