「ヒルドイド」。美容に関心の高い女性なら、一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

ヒルドイドは、アトピー性皮膚炎による強い肌の乾燥、打撲によるあざの治療、ケガをしたあとのケロイドの予防などに用いられる医療用医薬品です。健康保険も適用されており、かかった費用の一部(年齢に応じて1~3割)を負担するだけで、薬の処方を受けられます。

ところが1~2年前から、このヒルドイドを「化粧クリーム代わり」にするために皮膚科を受診する女性たちが目立つようになり、今、大きな問題になっています。

究極のアンチエイジングクリーム? 口コミで広がるヒルドイドの評判

ヒルドイドは、マルホ株式会社(以下、マルホ)が製造販売している保湿剤の商品名です。主成分は「ヘパリン類似物質」と呼ばれているもので、肌への強い保湿力のほか、血行促進、抗炎症作用などの効果が認められています。こうした薬効が、乾燥肌や加齢によるしわなど、女性が気になる肌トラブルを解消すると口コミで広がり、女性向けの美容雑誌や美容サイトなどでも紹介されるようになりました。

 

食品メーカーで働くカオルさん(50歳)の職場でも、同僚とのおしゃべりのなかでヒルドイドがたびたび登場するようになり、その日もランチの時に話題になりました。

「美容サイトで、ヒルドイドは究極のアンチエイジングクリームって紹介されていたの。使ってみたいわ」

「何万円もする美容液よりも美肌効果があるんですってね」

ほかにも、「ひどい乾燥肌だったのが、赤ちゃんの肌のようにツルツルになった」「塗って1週間くらいでハリが出て、毛穴が目立たなくなった」など、使ってみたくなるような話が次々と出てきました。

ヒルドイドを使っている同僚は、「皮膚科で肌の乾燥がひどいといって処方してもらった。健康保険が使えたので、診察や薬代も合わせて1000~2000円程度」だったとか。

最近、同年代の彼女の肌がしっとりときれいになったのは、ヒルドイドのおかげだったのかと納得するとともに、費用にも驚きました。究極のアンチエイジングクリームといわれているものが、1000円そこそこで手に入るというのです。このところシワが目立つようになってきたカオルさんは、同僚たちの話を聞いているうちに「私も使ってみたい!」と思うようになりました。

その夜、カオルさんはさっそくネットで「ヒルドイド」を検索。女性向けの美容サイトや個人のブログなどがヒットし、同僚たちがいうような美肌効果をうたう書き込みがたくさん見つかりました。

一方で、美容目的で皮膚科を受診し、健康保険を使ってヒルドイドを処方してもらうことに警鐘を鳴らす新聞記事などもありました。

「たしかに、健康保険は病気やケガをしたときに使うものですよね。シワは気になるけれど病気ではないし。よく考えてみると、ヒルドイドを化粧クリーム代わりにするために、健康保険を使うのはなんだかちょっと気がひけます。みんな、気にしていないようですが、美容目的で健康保険を使っても問題ないのでしょうか?」(カオルさん)

美容目的で皮膚科を受診して健康保険を使うのは違法行為

結論からいうと、美容目的で皮膚科を受診し、健康保険を使ってヒルドイドを処方してもらうのは「違法」です。

健康保険法や国民健康保険法では、健康保険を使って給付を受けられる範囲を「病気、ケガ、出産、死亡」としており、「美容」や「予防」で使うことは認めていません。

ところが、ヒルドイドの評判が口コミで広がったことで、ここ1~2年、美容目的での健康保険の使用が疑われるケースが急増しているのです。

薬は正しく使えば病気やケガの回復を助けてくれますが、用量を間違えたり、飲み合わせが悪かったりすると思わぬ健康被害を招くことがあります。そのため、医療用医薬品は医師が患者を診察したうえで、症状に合わせて処方することになっています。健康保険を使う場合は、「この薬は、この病気やケガにしか使えない」という適応も決まっています。

ヒルドイドを健康保険で使えるのは、「血栓性静脈炎(痔核を含む)、血行障害に基づく疼痛と炎症性疾患(注射後の硬結並びに疼痛)、凍瘡、肥厚性瘢痕・ケロイドの治療と予防、進行性掌角皮症、皮脂欠乏症、外傷(打撲、捻挫、挫傷)後の腫脹・血種・腱鞘炎・筋肉痛・関節炎、筋性斜頸(乳児期)」です。

「加齢によるしわ」「肌の乾燥」などで、ヒルドイドを使ってよいとはどこにも書かれていないのですが、患者さんからの強い希望で、仕方なく「皮脂欠乏症」などの保険病名をつけてヒルドイドを処方しているクリニックが少なからずあるようです。つまり、本当に薬を処方する必要があるのかどうか疑わしい症状(その症状もあるかどうか不明)でも、むりやり病名をつけて健康保険にお金を請求しているのです。

 そのため、ヒルドイドを美容目的で使うことは法令違反もさることながら、健康保険の無駄遣いが大きな問題になっています。

 具体的な金額を見ていきましょう。

美容目的でのヒルドイド使用は、全国で年間「93億円」になると推計

ヒルドイドには、ソフト軟膏、クリーム、ローション、スプレーの4つの剤形がありますが、いずれも国が決めた薬価は1gあたり23.7円。たとえば、ヒルドイドソフト軟膏25gの1本あたりの薬剤料は590円です。

健康保険を使う場合は、このほかに医療機関の受診料、薬局での技術料なども必要になります。これらを合計すると、ヒルドイドソフト軟膏25g1本もらうためには5180円※のお金がかかります。

※医療費の内訳
診療所の費用:初診料2820円、処方せん料680円、一般名処方加算20円で合計3520円。自己負担額は1060円。
薬局の費用:調剤基本料590円、調剤料100円、薬学管理料380円、薬剤料590円で合計1660円。自己負担額は500円。
・70歳未満の人(3割負担)が、皮膚科の診療所をはじめて受診した場合で試算。処方した薬は1剤のみ。薬局は、調剤基本料1に加えて後発医薬品調剤体制加算1を算定。調剤料は外用薬。薬学管理料は、おくすり手帳を持参した薬剤服用歴管理指導料。処方薬はヒルドイドソフト軟膏0.3%(25g)。

これは健康保険適用「前」の金額なので、70歳未満で3割負担の人の自己負担額は1560円。究極のアンチエイジングクリームといわれる塗り薬が、この金額で手に入るのですから、ヒルドイドを求める女性たちの気持ちもわからないではありません。

でも、残りの3620円は健康保険組合が負担しており、その財源には保険料のほか税金も投入されています。つまり、国民共有の財産である健康保険料や税金で、命にかかわりのない美容クリームを買っていることになります。

ヒルドイドを使う人からすれば、健康保険が使えるほうがお得かもしれませんが、保険料を納めるに立場に立つと、ルールを破って美容目的でヒルドイドを使った人の医療費を負担させられるのは釈然としないのではないでしょうか。

そのため、美容目的で健康保険を使用する女性たちには今、とても厳しい目が注がれています。同時に、美容目的であることを薄々察知しながらも、保険病名をつけてヒルドイドを処方している医師の責任も問われています。

「たかが3000~4000円なのだから、ケチケチしなくてもいいじゃない」と思うかもしれません。たしかに、不正使用がひとりやふたりなら、大きな問題にはならなかったでしょう。

でも、多くの人が同じように考えて美容目的でヒルドイドを求めた結果、健康保険財政には大きな影響が出ているのです。

 

健康保険組合も対策に乗り出す

健康保険組合連合会(健保連)がこの10月6日に公表した「政策立案に資するレセプト分析に関する調査研究Ⅲ」によると、処方する必要性の低いヒルドイドなどヘパリン類似物質の薬剤費が、全国で年間93億円にのぼると推計されました。

この調査研究ではヘパリン類似物質の薬剤費の男女比も調べていますが、女性の使用額は男性の1.5倍。とくに女性の薬剤費が高額になっているのは25~54歳です。さらに、2014年9月からの1年間に比べると、2015年9月からの1年間の処方件数が急増していることから、ヒルドイドをはじめとしたヘパリン類似物質の処方が増えた背景には「美容アイテムとしての『ヒルドイド』の流行が考えられる」と結論づけています。

美容目的でのヒルドイド使用の実態が明らかになったことで、健保連では、病名が皮脂欠乏症などの「皮膚乾燥症」で、処方されているのがヘパリン類似物質または白色ワセリンの保湿剤のみ。ほかの外用薬や抗ヒスタミン薬が同時処方されていないケースでは、今後、健康保険を適用しないことを政策提言しています。そして、中長期的には、保湿剤そのものを保険適用外にすることを検討すべきと訴えています。

つまり、病気だろうと、美容目的だろうと関係なく、将来的には保湿剤には健康保険を使えないようにしていこうとしているのです。

ヒルドイドが保険適用外になると、本当に病気の人たちに被害が及ぶ

もしも、これが現実のものとなれば、困るのは本当にヒルドイドを必要としている皮膚の病の患者さんたちでしょう。美容目的なら必ずしもヒルドイドを使わなくてもいいけれど、アトピー性皮膚炎などで肌に強い乾燥がある患者さんのなかには、ヒルドイドを手放せない人もいます。

それなのに必要性の低いヒルドイドの処方が横行したせいで、保湿剤には一律に健康保険が適用しないことになると、病気で苦しんでいる人の負担が増えることになってしまいます。

こうした事態を重く見たヒルドイドの発売元であるマルホは、美容目的での使用が増えている背景に「一部の雑誌やインターネット上に、美容目的での使用を推奨していると受け取られかねない記事」があるとして、10月18日に「ヒルドイドの適正使用に関するお知らせ」を発表。

ヒルドイドを美容目的などの適応外使用を推奨することは、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(薬機法)」の第六六条(誇大広告等)に抵触するおそれがあることを注意喚起しています。

マルホでは、継続的に雑誌やネットの記事をモニタリングし、ヒルドイドの美容目的使用を推奨するような記事を見つけた場合は、発行元や配信元に対して意見書を送って、ヒルドイドを化粧品のように紹介することを控えてもらうようにお願いしてきたそうです。ところが、一向になくならない記事に加えて、健康保険財政の悪化を懸念し、今回のお知らせを発表するに至りました。

健康保険は国民共通の財産です。医療の高度化や人口の高齢化などで、日本の医療費は上昇し続けており、健康保険は厳しい財政運営を強いられています。みんながルールを守って使わなければ、今以上に財政が悪化して保険給付の範囲が狭められ、自分が病気やケガをしたときに、必要な医療が受けられなくなる可能性も否定できません。

ヒルドイドを美容目的で使っている人は、すぐにやめてほしいと思います。そして、あなたの周りにヒルドイドを美容目的で使っている人がいるなら、「それは違法行為だ」ということを教えてあげてください。

ヒルドイドを使いたいなら、全額自費か市販薬の利用を検討したい

それでも、どうしても化粧クリーム代わりにヒルドイドを使いたい人は、全額自費で処方してもらえないかどうか、医師に相談してみてはいかがでしょうか。ヒルドイドは医療用医薬品なので、お金さえ出せば誰でも使えるというものではありませんが、医師が診察したうえで問題がなければ、処方してもらうことは可能です。ただし、健康保険は利用できないので、費用が高くなることは承知のうえで医師にご相談を。

また、薬局やドラッグストアでは、ヒルドイドの主成分であるヘパリン類似物質が配合された市販薬が販売されているため、これらを利用することも検討してみましょう。

たとえば、グラクソ・スミスクライン・コンシューマー・ヘルスケア・ジャパンの「HPクリーム」は、ヘパリン類似物質の含有量がヒルドイドと同じです。価格はオープン価格で、25g入りが1本あたり900~1300円程度。健康保険を使うのと同じ程度の価格で入手できます。

ヘパリン類似物質を主成分とする市販薬は、ほかにもゼリア新薬の「ヘパリンZクリーム」、ロート製薬の「ヘパリペア」などがあります。ジェネリック医薬品なら価格設定の低いものもあるので、薬剤師に相談しながら使いたいものを選んでいくといいでしょう。

 日本で、国民皆保険が実現したのは1961年。今では健康保険はあるのが当たり前の空気のような存在になっていますが、創設当初から財源問題は悩みのタネで“砂上の楼閣”が実情です。それでも、この半世紀間、日本が国民皆保険を守ってきたのは、健康保険が国民にとってなくてはならないもので、絶対になくしてはいけないものだからです。

それでも、医療の高度化や人口の高齢化によって健康保険財政は、年々厳しさを増しています。美容目的での健康保険の無駄遣いは、厳しい保険財政をさらにひっ迫させることにつながります。

「あのとき健康保険を無駄遣いしたから、病気やケガをしたときに必要な医療が受けられなくなってしまった」といった事態が起こらないように、健康保険は正しく利用したいものです。

この記事の執筆者
1968年、千葉県生まれ。編集プロダクション勤務後、1999年に独立。医療や年金などの社会保障制度、家計の節約など身の回りのお金の情報について、新聞や雑誌、ネットサイトに寄稿。おもな著書に「読むだけで200万円節約できる!医療費と医療保険&介護保険のトクする裏ワザ30」(ダイヤモンド社)がある。