華やかで洗練されたモーザ妃のロイヤルファッション

イスラム教徒の女性たちは、教えに従い「ヒジャブ」「ニカーブ」、また、アラビア半島の伝統的な民族衣装である「アバヤ」と呼ばれる黒い布で、近親者以外には、目につかないように、目と手足の先以外をすべて隠すのが普通である。

そのため、中近東のファーストレディやプリンセスがファッションで注目を集めることはなく、「富めるものは、貧しいものに手を差し伸べる義務がある」とするイスラムの教えに従って、さまざまなチャリティ活動を熱心に行なっているにも関わらず、戒律の厳しさから、報道は抑制され、ましてや本人がメディアの前に姿をあらわすことは、ほとんどない。

ところが、唯一の例外がいる。カタール元首長(カタール国王)の妻シェイカ・モーザ・ビン・ナセル・アル・ミスナド妃(以降モーザ妃)だ。

「シャネル」「バレンティノ」「エルメス」など、オートクチュールの常連

「シャネル」のオートクチュールドレスでスペインの公式行事に参加
カスタムした「シャネル」のジャケットを着用するモーザ妃(右は英国のチャールズ皇太子)

モーザ妃が社会福祉や、教育の充実などに熱心に取り組む社会活動は、連日のように、中近東のメディアで写真とともに報道されている。

ファッションも、オートクチュールの常連でもあり、「シャネル」「バレンティノ」「エルメス」「ジャン・バティスタ・ヴァリ」などを始め、「ジョルジオ・アルマーニ」「クリスチャン・ディオール」などのコレクションを、イスラムの戒律に乗っ取って肌を見せないデザインに特別注文。服とコーディネートしたターバンを常にヘッドドレスとして合わせることで、規律に従い髪を見せることはない。イスラム女性の伝統を守りながら、因習的な雰囲気を払拭し、むしろオリジナリティを強く感じさせるスタイルだ。 

エリザベス女王(右)の謁見は「ヴァレンティノ」の真紅のドレスを着用

英国のエリザベス女王との謁見など、王族とのセレモニーや各国首相との面談にも、積極的に出席し、場面に応じた華やかな着こなしで登場することでも知られる。スタイルのよさと美貌も相まって、海外メディアでも何かと話題の的だ。

イスラムのルールに準じながらも、西洋ファッションのエレガンスを取り入れた独特の装いは、モーザ妃ならではの個性が輝き、世界で最も影響力のあるファッショニスタのひとりとして、圧倒的な存在感を見せている。

モーザ妃をもしひと言で表すなら「パワフル」という言葉が最適だろう。1959年に名門「ミスナド家」に生まれ、現在57歳。カタール大学を卒業。18歳でカタール首長と結婚し、5人の息子とふたりの娘に恵まれた。

政治的手腕に加え、優れたビジネス才覚までも持ち併せたプリンセス

ただ活動の範囲は、首長妃としての常識的な範囲にとどまらず、国政からファッションまで幅広く渡っているのが特徴だ。スケールの大きさを感じさせるのは、「カタール基金(カタール国民の教育、研究、社会福祉の増進)」の会長であることが大きい。カタールは、外国人労働者が人口の約3分の2を占め、自国民はわずか28万人にも満たない小国にも関わらず、世界有数の富裕国。「カタール基金」とは、天然ガスが生み出す無尽蔵とも言えるカタールの富を、背景にした資金力豊富な基金である。

なかでも力を注いでいるのが教育振興事業で、基金の本部もカーネギーメロン大学やジョージタウン大学などアメリカの6つの大学の分校を置く、首都ドーハの「教育都市」にある。モーザ妃の活動は、貧しい子供達に教育をというレベルではなく、均衡危うい中近東の小国として、ドバイやサウジアラビアと競り合う中で、国策として、中近東の知的産業の中心地となることを推進する、政策活動の一環なのである。

プリンセスであると同時に、国の意向、ひいては首長の意向を具現化する政治的手腕を振るっているのだ。

カタールは、女性の登用においても、ほかの中近東諸国と比べ先進的である。中東における最初の女性閣僚を生み、女性の車の運転をいち早く、解禁したのもモーザ妃の強い後押しがあってこそ。カタール大学の学長も女性である。

また、モーザ妃は実業家の顔も持っており、自身の投資会社「メイフーラ」は、2012年にヴァレンティノを買収し、今も傘下にある。あのヴァレンティノのオーナーなのだ。

ヴァレンティノのドレスを着こなすモーザ妃

王族の女性がメディアに出ないのが普通である湾岸諸国のなかで、顔を出し、教育や慈善活動の先頭に立つモーザ妃は、「女性の地位向上」を体現した、まさに輝けるアラブ女性のシンボル。国連で初めて、顔を出して演説をした勇気あるイスラム女性の第一人者なのである。

その実績を評価され、2007年のフォーブス誌「世界で最もパワフルな女性100人」、同年ロンドンタイムズ誌「中東で最も影響力のあるビジネスリーダー25人」にも選ばれている。

第二夫人にも関わらず、自らの次男タミム王子を現首長に据えるなど、国政への影響力も強く、王子の父親である、元首長からの寵愛も一身に集めており、のびのびとした活動ぶりだ。7人の母親とは思えない驚異的なスタイルよさとベストドレッサーぶりは、デザイナーたちの憧れでもあり、自分の服を着てほしいというデザイナーからのラブコールが絶えないという。美しきイスラムのパワーウーマンだ。

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この記事の執筆者
1987年、国際羊毛事務局婦人服ディレクターとしてジャパンウールコレクションをプロデュース。退任後パリ、ミラノ、ロンドン、マドリードなど世界のコレクションを取材開始。朝日、毎日、日経など新聞でコレクション情報を掲載。女性誌にもソーシャライツやブランドストーリーなどを連載。2000年より情報用語辞典『イミダス』でファッション分野を執筆。毎シーズン2回開催するコレクショントレンドセミナーは、日本最大の来場者数を誇る。好きなもの:ワンピースドレス、タイトスカート、映画『男と女』のアナーク・エーメ、映画『ワイルドバンチ』のウォーレン・オーツ、村上春樹、須賀敦子、山田詠美、トム・フォード、沢木耕太郎の映画評論、アーネスト・ヘミングウエイの『エデンの園』、フランソワーズ ・サガン、キース・リチャーズ、ミウッチャ・プラダ、シャンパン、ワインは“ジンファンデル”、福島屋、自転車、海沿いの家、犬、パリ、ロンドンのウェイトローズ(スーパー)
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