今年、発売されたラグジュアリーウォッチから、40~50代にふさわしい逸品をカテゴリーごとに選出する「Precious Watch Award 」。今回で3年目を迎えます。今年も高い審美眼をもつ8人のプロフェッショナルが、華やかに出そろったニューモデルのすべてを吟味しました。

ラグジュアリーウォッチに対する造詣と愛が深い、各界の目利きたちが、エントリーされた新作の数々を審査し感じたこととは!? 印象に残った傾向は!? 本記事では8人の審査員の総括をご紹介します。

並木浩一さん
腕時計ジャーナリスト、桐蔭横浜大学教授
(なみき こういち)1990年代より、スイスの時計フェア・S.I.H.H.(ジュネーブサロン)、バーゼルワールドほかを取材・研究し続けている日本の腕時計ジャーナリストの草分け。著書に、『腕時計一生もの』(光文社新書)、『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)などがある。

「各ブランドとも、例年よりモデル数を絞っていましたが、そのぶん非常に粒ぞろいでした。特に、ステイタスが上のモデルであるほど気合いが入っていた。

ブレゲの『トラディション レディ 7038』はもともと偉業の時計であるうえに、さらに一枚殻を破り、ブルガリの『セルペンティ セドゥットーリ トゥールビヨン』はハイジュエリーで機械式、しかもトゥールビヨンという難題を見事クリア。一方、シャネル『ボーイフレンド』に代表される、優秀なデイリーエレガンスの時計の増加も収穫でした。

当たり年に買った「ボルドー」がすぐ開けるものではないように、いい時計がそろっている今年は、時計の仕込みどき。今買って、出かけるときのために用意しておくといいのではないでしょうか」(並木浩一さん)

安藤優子さん
フリーキャスター
(あんどう ゆうこ)長く報道に携わるキャスターの第一人者。仕事柄、手元が目立つため、多くの時計を所持し使い分けている。特に大物へのインタビューや格式あるパーティでは、相手に敬意を示せるよう品格を備えた時計選びに心を砕く。時計界の動向にも関心が高い。

「私自身がそうであるように、働く女性が仕事のときに身につけるか、またはパーティーなどで装うのに適するか、を基準に審査。その結果は、選ぶのに迷うほどで、両方の世界の充実ぶりを堪能することになりました。

個人賞にしたクレドールシャネル『ボーイフレンド』のように、働く日常にマッチするシンプルで美しい時計は実に豊富。同時に、パーティーにふさわしいハリー・ウィンストン『ディヴァインタイム』ヴァン クリーフ&アーペル『フリヴォル シークレットウォッチ』のような時計も甲乙つけがたかったです。

また、大きめのケースが目立っていたのも印象的。私自身、スーツとバランスのいい大ぶり時計をつけることが多いので、こちらもうれしい傾向でした」(安藤優子さん)

大住憲生さん
ファッションディレクター
(おおすみ のりお)メンズファッションを中心に商品企画、広告制作、雑誌編集、ウェブメディアの創立等に関わる。森と都市をつなぐ「more tree design」の取締役も務める。1995〜2003年はジュネーブやバーゼルの時計フェアを取材。愛用時計は『カラトラバ 3769』。

「男性の世界で先行していた本格的な機械式時計が、レディスにもとても増えていることを改めて実感しました。ヴァシュロン・コンスタンタンの『トラディショナル・トゥールビヨン』は機構のクオリティに加え、レディスらしい美しい外観も秀逸。ヴァン クリーフ&アーペルの『レディ アーペル ポン デ ザムルー』は、複雑機構かつポエティック。ロマンティックな概念をもつ時計を、羨ましくも思いました。

全体を見渡すと、ケースはホワイトゴールドのようなシルバートーン、ダイヤルやストラップにはブルーを配した時計が目立ちました。色彩心理学的には、シルバーには『知性』『洗練』が、ブルーには『信頼』『品性』といったイメージがあるそうです。そういう真正さを願う、時代の要請なのでしょうか」(大住憲生さん)

本間恵子さん
ジュエリー&ウォッチジャーナリスト
(ほんま けいこ)ジュエリーデザイナーから宝飾専門誌エディターに転身。その後フリーランスになり、女性誌や新聞を中心に専門性の高い記事を執筆。手を洗う機会が増え、今はリングをあまりつけなくなり、大ぶりの時計を選ぶ傾向になっている。

「非常にジュエリーっぽい時計が多く、時計がジュエリーに近づいたことを感じました。ダイヤモンドのセッティングに工夫があるとか、カラーストーンのグラデーションになっているとか。ジュエラーは以前からそういうものをつくっていたのですが、切磋琢磨してきた時計メーカーが、いよいよ優れたジュエリーウォッチをつくれるようになったことを実感。

ジャガー・ルクルトの『101 スノードロップ』ヴァシュロン・コンスタンタンの『トラディショナル・トゥールビヨン』も素晴らしかった。

残念だったのは、今年はこれまでにない、まったく新しいデザインの時計が出てこなかったこと。ただ、そのぶん名作に手を入れて、非常に使いやすく改良したものが出ていたのは成果だったと思います」(本間恵子さん)

関口優さん
『HODINKEE Japan』編集長
(せきぐち ゆう)1984年生まれ、埼玉県出身。新卒より出版社に入社し、2016年より腕時計専門誌編集長に。業界最年少ながら、専門誌売上No.1に導き、2019年9月より現職。2020年12月には『HODINKEE マガジン日本版』も創刊。趣味はロードバイクとワイン。

「宝飾・時計ブランドを問わず、レディスウォッチは年々こだわりが詰め込まれた製品が多くなっている印象。女性のためにイチから構想された秀作としては、時計専門誌観点で見ると、宝飾ブランドであるブルガリが女性のためにトゥールビヨンを開発したことがセンセーショナルでした。

一方、ヴァン クリーフ&アーペルは、機械式の技術でポエティックなメッセージをダイヤル上で展開するなど、各社が機械式時計の伝統技術を独自の思想に基づいてアウトプットしているといえます。

また、メンズライクな時計を好む女性が増えたことも、業界に影響大。サイズの面でも大きめな時計が許容されると開発の自由度も上がるため、今後さらに魅力的な時計が登場すると確信しています」(関口優さん)

犬走比佐乃さん
スタイリスト
(いぬばしり ひさの)数々の人気女性誌や、長年担当している鈴木保奈美さんはじめ、女優のスタイリングを多く手がけ、「マダム犬走」の愛称で広く支持されている。30年以上第一線を走り続けているキャリアに裏打ちされた高い審美眼で、時計にも造詣が深い。

パテック フィリップの『カラトラバ』ヴァシュロン・コンスタンタンの『トラディショナル』など、揺るぎない名品の底力を感じた一方、ハリー・ウィンストンの『ディヴァインタイム・バイ・ハリー・ウィンストン』のような、まったく新しいモデルも登場し、レディスウォッチ大豊作の年だったと思います。

改めて痛感したのが、ハリー・ウィンストンならダイヤモンド、ジャガー・ルクルトならムーブメントというように、それぞれのアイデンティティ、専門分野を最大限に生かしたものは、とても完成度が高く、魅力的だということ。

実際に手にして、スタイリングをしたうえで、最も印象に残ったのは、パテック フィリップの『カラトラバ・パイロット・トラベルタイム Ref.7234』ですね」(犬走比佐乃さん)

岡村佳代さん
ジュエリー&ウォッチジャーナリスト
(おかむら かよ)スイスの時計フェアの取材歴は日本屈指のキャリアを誇り、女性に機械式時計の魅力を啓蒙した第一人者として知られている。マニアックになりすぎないわかりやすい筆致で、女性誌、男性誌、専門誌から新聞まで、幅広い媒体で執筆活動を展開。

「毎年開催されているスイスでの新作発表会がすべて中止となり、どうなることかと思っていた2020年でしたが、結果として各メゾンから個性豊かなラグジュアリーウォッチが出そろい安堵しました。

レディスウォッチの新作を俯瞰すると、繊細なジュエリーウォッチと、ジェンダーレスなラグジュアリースポーツウォッチの二極化が加速したように感じます。

また、ヴァシュロン・コンスタンタンブルガリが発表したトゥールビヨンが象徴するように、ジュエリーウォッチと複雑機構が融合した、『女性のためのコンプリケーション』への注力も目を引きました。美しさはもちろん、ムーブメントという時計としての真価も、現代女性たちは強く希求していることの証のような気がします」(岡村佳代さん)

中村絵里子
本誌ファッションディレクター
(なかむら えりこ)装飾的な美しさと精巧で本格的な中身を両立するレディスウォッチの奥深い世界に興味をもつ。ラグジュアリーウォッチ&ジュエリーの取材多数。高級ブランドのアーカイブや工房を訪ねる機会も多く、貴重な時計を目にするチャンスに恵まれている。

「例年以上に、『女性のためにつくられた』高度な機械式時計がたくさん発表された年だなと感じました。複雑なメカをデザインに昇華させたものも多数。

デザインや宝石の装飾だけではなく、時計の中身を理解し、満足して身につけている女性が増えていて、とてもかっこいいと思います。また、『インターチェンジャブル』が本当に多くのブランドから発表され、時計もワードローブの一員に。これは女性にとってはとてもうれしい潮流です。

同時に、ここ数年ファッション界にも流れている『スポーツな気分』は2020年の時計界でも継続。スポーツテイストの時計はラグジュアリーを極め、休日のカジュアルだけでなく、ジャケットなどのオンタイムにつけても素敵だなと実感しました」(中村絵里子)

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PHOTO :
戸田嘉昭・池田 敦(パイルドライバー)
STYLIST :
関口真実
COOPERATION :
安里昌悟
EDIT&WRITING :
岡村佳代、長瀬裕起子、中村絵里子(Precious)