信じるべきは「直感」!ひとつのキャリアに縛られず自分の道を作る
『メリー・ポピンズ』や『ローマの休日』の映画世界に憧れ、幼少期より海外暮らしを夢見ていたという後和千賀子さん。帰国子女ではないにもかかわらず、持ち前のバイタリティでイタリア語・英語・フランス語を習得。初めての外国語との出合いは小学4年生のとき。母親の影響で大の洋画好きであり海外志向が強いことから、「どうしても英語を学びたい」と知人の通訳者に頼み込み、英会話を教えてもらうようになったのが始まりでした。
高校時代にロンドンでサマースクールに参加、大学時代にはニューヨークで1年間の交換留学を経験。新卒でフランスの外資系企業に就職した後、25歳でイタリアへ旅立ちます。
12歳で母と初めて憧れのローマを訪れて以来、イタリアの虜になったという後和さん。イタリアのアパレル製品輸入業を営む叔父のビジネスを手伝う目的もあり、2000年にミラノへ拠点を移しました。彼の地で和テイストの小物を企画・製造販売する起業家として、また通訳者・コラムニストとして活動する彼女に、これまでの道のりや仕事観を伺いました。
日本の感性をイタリアの手仕事で紡ぐ!後和千賀子さんに聞く10の質問
──Q1:現在の仕事内容は?
主に3つの仕事に取り組み、パラレルワークを実践しています。まず、20年前にイタリアへ渡ったころから続けている、ファッションやデザイン、食品業界、製薬や船舶業界における通訳・翻訳業。それから、2011年11月に立ち上げたファッション小物&ホームコレクションのレーベル「Sen Factory」の企画・製造販売ビジネス。最後に、ミラノ生まれのアパレルブランド「ジャンニ ロ ジュディチェ」の日本向けHPのために、「from Milano」と題した旬のミラノ情報を取材し寄稿するコラム執筆業です。
ひとつの仕事を掘り下げ、キャリアとスキルに磨きをかけている方が大多数だとは思いますが、私は母として3人の娘たち(16歳、13歳、10歳)との生活も、心惹かれるさまざまな仕事も楽しみたい。欲張りな性格ゆえに、何足ものわらじを履いているんです(笑)。
3つの仕事は関係がないように見えて、実際は互いにリンクしています。「Sen Factory」を通じて出会った人や場所をコラムとして執筆したり、商談通訳で培ったスキルが「Sen Factory」でのあらゆるビジネス交渉に役立ったり。そもそも根底にあるのは、言語とコミュニケーションに対する「好き」という思いと、異なる言語や文化の間で橋渡しを務めることで得られる「喜び」です。
若いころから言語に興味があったせいか、異なる言語や文化的背景を持つ人々の間に立ち、両者が満足してくれることに幸せを感じます。通訳や寄稿の仕事はもちろんのこと、着物の古生地をイタリアの手仕事でコンテンポラリーな小物に生まれ変わらせる「Sen Factory」もまた、日本の美しさを海外に伝える「橋渡し」なんです。
着物の古生地を再利用し、実用性のあるデザインを生み出す
──Q2:小物ブランドを始動した経緯を教えてください。
「Sen Factory」は、長女が通っていた幼稚園で知り合ったママ友・ラウラと意気投合して立ち上げた小さなブランドです。自分のオリジンである日本の伝統美をイタリア人に紹介したいという私の情熱と、着物生地に魅せられたラウラの想いが交わって、アンティーク着物生地と和柄のコットン地を素材とするものづくりがスタートしました。
ふたりともシンプル&ミニマルで美しいものが好き。「思い立ったら即行動!」の私たちがまず着手したのは、我々のようなママたちの日常に役立つ、実用性とデザイン性を兼ね備えた生活グッズ。最初のプロダクトは携帯ホルダーでした。当初はふたりで地道に手づくりを。今ではミラノの職人たちに発注していますが、オールハンドメイドにこだわって一歩ずつ成長してきました。
「Sen Factory」のコンセプトは、今も実用性とデザイン性の調和にあります。クリエイションにリミットは設けず、着物生地を使ってできることはすべて。ジュエリーアーティストとのコラボレーションによるブレスレット制作や、ジュエリーショップのためにディスプレイクッションやボックスを手掛けることも。
──Q3:現在取り組んでいるプロジェクトとは?
コロナ禍において「Sen Factory」のビジネスは、ロックダウンによる取り扱いショップの閉鎖で打撃を受けました。一方で、お客様からのリクエストに応えて製作した、和生地のマスクが評判に。このマスクを機にオンラインショップやインスタでの販売や、個人的にショールームにいらしてくださるお客様が増えました。
ブランドのアトリエ兼ショールームは、ミラノから車で1時間ほど離れたクレマという街にあります。映画『君の名前で僕を呼んで』のロケ地として一躍脚光を浴びた街なのですが、コロナ禍の影響でクレマ市内中心地のショップが次々とクローズに。小さいながらチャーミングなこの街に再生の息吹を願い、昨年9月末から3か月の期間限定でポップアップストアをオープンしました。
残念ながら、クレマを含むロンバルディア州は11月初旬より再びロックダウンに突入し、3週間にわたって閉店を余儀なくされました。かなりの痛手でしたが、その後は予定通り12月末までポップアップストアを営業できました。
平日はいつものように企画や製作に没頭し、週末は私自身もショップに出向きました。着物生地を初めて目にするイタリア人の方々も多く、ダイレクトなお客様の反応に気づけたことや、これまでブランドの存在を知らなかった、クレマ在住のお客様との接点ができたことに満足しています。
「思い立ったが吉日」。心の声に導かれるままに、たどり着いた現在
──Q4:仕事人生に訪れたターニングポイントは何でしょう?
新卒で就いた外資系企業を辞めて、イタリア行きを決めたこと。当時25歳でした。大学時代に知り合い、後に人生の伴侶となるイタリア人の夫がクレマに暮らしていましたが、友人の延長といった程度。たとえ日本へ戻ることになったとしても、まだキャリア的にリセット可能だと思い、環境のよかった職場をスパッと辞めてイタリアへ渡りました。
──Q5:最初に就いた仕事とは?
企業合併によって現在は存在しませんが、ローヌ・プーランというフランスの化学・製薬企業の日本支社で、総務部と輸出部にて2年弱勤務しました。
フランス系企業を志望したことは、ニューヨークでのインターンシップ経験が影響しています。留学中、『W』などを発行していた出版社、フェアチャイルド・パブリケーション広告部で職業体験をしました。米企業での事務職を経て、自分はアメリカよりもヨーロッパの文化の方が好きだと直感したんです。日本の感性にも共通しますが、食に対するこだわりや美しいものに対する意識は、米国よりもヨーロッパの方が敏感なのではないかと。
ニューヨーク留学中にフランス語を学んでいたこともあり、日本にある仏企業をターゲットに、新卒採用があるかどうか片っ端から留学先より電話で問い合わせました。結果ご縁があったのが、ローヌ・プーランでした。
──Q6:コロナ禍の影響による仕事の変化とは?
オンラインショップでの取り扱い商品を増やし、ラインナップを強化するなど、この時世だからこそ「今できることをするしかない」という思いが高まっています。
コロナ禍では、他ショップや他ブランドとのコラボレーションが鍵となりました。前述のポップアップストアは、デザイン家具を扱う「Design Now」と共同営業していたのですが、今後もクレマの同じ場所で「Design Now」が単独でショップを継続することとなり、「Sen Factory」のコーナーも展開してもらえることに。
ミラノ発のジュエリーブランド「Atelier VM」との限定コラボ商品も、11月にローンチを迎えました。アンティーク着物生地の状態のいい部分を使って丁寧に仕立てた、お弁当箱タイプのジュエリーボックスです。
また、キャンドルやルームフレグランス等を扱う「Olivia Fragrances」とのコラボにより、「Sen Factory」オリジナルのアロマキャンドル「森 MORI // FOREST」も誕生しました。
目指したのは「自宅にいながら森の中を歩いているような気分になる香り」。松の香りを中心に免疫力を高めるユーカリを、ベースノートには気持ちを安定させるシダーウッドと、深いリラックス効果を得られるサンダルウッドやガイヤックウッドが配合されています。
私たちのブランドだけが成長していくのではなく、今後もコラボレーションを通じてクリエイティビティを共有し、皆で一緒に成長し大きくなっていきたいと願います。
無理はしない、けれど「やりたいことをあきらめない」自分軸
──Q7:イタリアでの女性の働く環境は整っていますか?
イタリアでは、妻と夫の両親がシッター代わりとなり、多大な育児サポートをしてくれるケースが多いです。また、家事の負担を軽減するため、お手伝いさんを雇うキャリア女性たちも増加傾向に。子育て中の女性に対して、パートタイム制を受け入れる企業も増えているように見受けられます。特に若い共働き世代の間では、家事や子育てを分担するイタリア人男性が増えている点は頼もしいですね。
──Q8:女性が仕事を続けるための秘訣とは?
働く女性のライフスタイルは、結婚・出産が大きな変化をもたらすのが常。私の場合、3人の娘たちの出産のタイミングに応じて、その時々の自分に引き受けられる範囲で仕事を続けてきました。私の信条は「無理しないとできないことならば、やめる」。自営業の特権ですが、仕事時間は自分で管理しています。フルタイムで作業する日もあれば、今日はやめておこうという日も。
無理せずにこなせる範囲を守り、ひとつの分野でのキャリアにこだわることなく、個々の女性が自由に力を発揮できるような社会が理想です。そんな順応的な社会を目指して、まずは私自身が環境やライフステージの変化に寄り沿った、自分らしい仕事との向き合い方を実践したいと思っています。
──Q9:影響を受けた人物とは?
初めて英語を教えてくれた帰国子女の知人女性です。まだ英語の授業が始まっていなかった小学4年生のとき、「どうしても英語を習いたい」と母に頼み込んだことがきっかけで、同じマンションに住む当時大学生で同時通訳の仕事もしていた方から英語を学ぶようになりました。英語の発音はもちろん、海外生活が長いにもかかわらず彼女の日本語の美しさまで格別で…。将来こんな女性になれたらと子ども心に憧れ、目標の女性像になりました。
──Q10:原動力となる言葉は?
「人生は一度きり」。年を重ね、またコロナ禍で身近な人を失う経験も経て、ますますこの言葉を意識するようになりました。
大胆な気質のイタリア人からさえも「勇気がある」と言われるほど、怖いもの知らずの自分の性格。これまでも自らの心の声を聞き、直感を信じて行動してきましたが、やってみたいと思うことは何でもトライしよう、行きたいと思った場所には可能な限り行こうと再認識しています。制限をかけることなく、人生において経験できることはすべて経験してみたい、心からそう思います。
以上、「Sen Factory」共同創業者の後和千賀子さんに、これまでのキャリアやイタリアでのワークライフについて語っていただきました。「自分にとって価値あるものを選択する」ことがいかに大切か、自らの目標に対してまっすぐ突き進んできた後和さんのお話は、人生の示唆に富んでいます。
明日公開の【ライフスタイル編】では、ワークライフバランス術やイタリア発ホリデーの流儀など、海外在住ワーキングウーマンの気になるプライベートに迫ります。どうぞお楽しみに!
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- TEXT :
- 愛甲悦子さん ファッションエディター