御用達仕立服店が軒を連ねる仕立職人の聖地「サヴィル・ロウ」は、ロンドン中心街、バーリントン・ハウスの裏手に広がる男性向け名品店が集う一大界隈の中にある。

英国王室のスタイルを支えているサヴィル・ロウ

写真左/エドワード7世 (1910年代)写真右/ エリザベス2世 (1951年)写真:TopFoto/アフロ

『サヴィル・ロウ』を含むこの一帯が、男の装いにとって特別な場所になったのは、19世紀初頭。時のダンディが集ったために職人たちが店を構えはじめた時代に遡る。この時代を代表する男といえば、乗馬服を限界まで簡素化して磨き上げた英国最大のダンディ、ボー・ブランメルと、ブランメル最大の好敵手で、奇抜スレスレの装いで「ヨーロッパ一の紳士」の異名をとった王、ジョージ4世。この両者はともに、この地の仕立屋で服を仕立てていた。

というのも、この当時の男性服は、カントリー・ウェアの要素をふんだんに持ち込んだものだけれど、カントリー・ウェア自体は野暮ったい格好で、これを生地の選択、カット、アイロン技術を駆使して、都会的に、体にフィットした服に仕立て上げたのが『サヴィル・ロウ』の職人たちだったからだ。

たとえば、細身でも動きを妨げないそでなどは、今日でも高い技術力を要するけれど、この地の職人は、当時すでにその技を完成していた。ちなみに、ジョージ4世ひいきの仕立屋、トーマス・ホークスは、今もエリザベス女王、エジンバラ公、チャールズ皇太子の3つのワラントを保持する王室御用達の名店、ギーヴス&ホークスのホークスの方の創始者だ。

バーリントン伯爵所有地だったサヴィル・ロウ地区

現在ロイヤル・アカデミー(王立芸術院)が入る、バーリントン・ハウスとその一帯は、もともとバーリントン伯爵家の持ち物だったが、3代目伯爵が貸しに出したために街区となった。18世紀末にこの一帯に各種クラブが創立、伊達男たちが集ったため、英国男性の需要に合わせた店が次々と開店。サヴィル・ロウはそうした背景から仕立屋街となる。「サヴィル」は3代目伯爵の奥方の名、「ロウ」は通りを意味する。写真:robertharding/アフロ
現在ロイヤル・アカデミー(王立芸術院)が入る、バーリントン・ハウスとその一帯は、もともとバーリントン伯爵家の持ち物だったが、3代目伯爵が貸しに出したために街区となった。18世紀末にこの一帯に各種クラブが創立、伊達男たちが集ったため、英国男性の需要に合わせた店が次々と開店。サヴィル・ロウはそうした背景から仕立屋街となる。「サヴィル」は3代目伯爵の奥方の名、「ロウ」は通りを意味する。写真:robertharding/アフロ

ブランメルと張り合ったジョージ4世は、時に、服にかまけた愚王とバカにされる。しかし、英国王室の男性が歴史的に見て、概ね服装に関心が高いのは、もし、彼らの装いが中途半端なものだったら国民はそれを誇りに思うだろうか、と問えば、自ずと答えは決まってきそうだ。そして、時代によっては、王の装いは、新たに国の中心となる階層の手本にもなる。

たとえば19世紀末に勢力を伸ばしたジェントルマンたちは、こぞってエドワード7世を真似た。この王が、ジョージ4世がそうであったように、保守的であると同時に斬新な着こなしを披露し、時代の空気を体現していたからだ。たとえば、今日、ベストの一番下のボタンは外しておくものだけれど、これは、エドワード7世を真似たジェントルマンのスタイル。

その王の服を仕立てていたのが現存最古のサヴィル・ロウ・テイラーにして、1863年以来変わらず王室御用達となっているヘンリー・プールだ。同店が、王がインドへの航海に出かけるときに仕立てた、テールを切り落としたカジュアルな燕尾服は、タキシード、英国ではディナー・ジャケットと呼ばれる服の最初だ。

『サヴィル・ロウ』の名を一躍、世界的に有名にしたのは、エドワード7世の孫、エドワード8世。この王は王位を捨ててまで恋に走ったエキセントリックな生涯で有名だけれど、同時に奇抜ともとれるような型破りな服装でも知られる。ただし、驚くほどに男性服の歴史に明るいこの王は、決して行き当たりばったりに伝統を破壊したわけではない。

現在の英国スタイルの原型にしてサヴィル・ロウ・スーツの基本、ドレープスーツの生みの親ともいうべきショルツ(現存せず)に何度も自ら足を運んでは、共にポケットやボタンの位置を決定していた彼は、型破りでも、男性服の威厳を支える歴史や伝統を決して無視しないように、服装を現代化したのだ。

ちなみに、今日、ロイヤルワラントこそ持たないものの、やはり王室の信頼厚〝アンダーソン&シェパードの創始者、ペール・アンダーソンは、このショルツのフレデリック・ショルツの門下にあたる。サヴィル・ロウ・テイラーの歴史は、ここでも、今に続く。

「サヴィル・ロウ」の職人たちと英国王室は、時代に合わせつつも、国を代表するに足る伝統と威厳を保つ服、という難題に挑戦し、成功を収めてきた。そして、その技術と知識は、今も脈々と、この地に受け継がれている。

ヘンリー・プール、ギーヴス&ホークス、イード&レイベンスクロフト、ウェルシュ&ジェフリーズ、「サヴィル・ロウ」に今も息づくこれらの王室御用達店を見るとき、そのことを強く感じざるを得ないのだ。

※2011年春号取材時の情報です。

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