手のひらの上で愛でたい、それはもうアート【和菓子の小宇宙】
その歴史は、縄文時代までさかのぼるとされる和菓子。脈々と受け継がれた伝統や技術、日本の四季や風土を映す心を継承しながら、多様な素材やデザインを取り入れ、和菓子は今も、日々進化し続けています。
このうえない口福と美しい佇まいで、至福の時をもたらしてくれる麗しき和菓子たちを、その世界観と共にお楽しみください。
1.京都「御菓子丸(おかしまる)」の『鉱物の実』
薄紙をそっと開くと、まるで宝石のような、鉱物のような、黄色い実が美しく並ぶ姿にはっとする。枝に見立てたクロモジを手に、横から上から下からまじまじと見つめ、うっとりする和菓子がほかにあるだろうか?
京都に工房を構える「御菓子丸(おかしまる)」の『鉱物の実(こうぶつのみ)』は、砂糖と寒天でつくられる琥珀糖(こはくとう)。表面はシャリッと、中はプルッとした食感が魅力で、古くから、植物などで色づけをすることで、多彩な表情を楽しめる伝統的な和菓子だ。
2.東京・赤坂「とらや」の『千里の風(せんりのかぜ)』
東京・赤坂に店を構える「とらや」。入り口の真っ白いのれんには、「とらや」という文字と、「千里起風」「御菓子調進所」「黒川」の3つの朱印がある。「御菓子調進所」は菓子をつくっている店、「黒川」は代々店主の名字だが、「千里起風」とは、虎は一日に千里を走り、吠えると風が起こるということわざから生まれた造語と考えられている。
創業約500年、まさに風を切って走る虎のごとく進化してきた「とらや」には、屋号の「虎」にちなんだ知る人ぞ知る名品がある。それが『千里の風(せんりのかぜ)』。
3.京都「末富」の『うすべに』
月下のほのかな紅葉色、紅梅に降り積む雪のにじみ、春の曙、おぼろ夜の桜花、露けき朝に咲き出るすみれ…。 そんな四季折々の風情を見事に汲み取った干菓子『うすべに』。
茶会を彩る茶菓子をつくり続けてきた京都「末富(すえとみ)」のこの名品は、四季を問わずいただけるお茶席のお菓子を、と考案されたとか。
4.東京・浅草鳥越「菓子屋ここのつ」の『氷室豆腐(ひむろとうふ)』
透明な錦玉羹の中に、浮遊する真っ白なお豆腐。どこか不思議で気になる存在、ちょっと目が離せない。
東京・浅草鳥越にある茶寮「菓子屋ここのつ」の店主がつくる『氷室豆腐(ひむろとうふ)』、実は江戸時代のベストセラー料理本『豆腐百珍(とうふひゃくちん)』に、玲瓏豆腐(こおりどうふ)としてレシピが掲載されている、歴史あるお菓子。寒天の中に豆腐が入っている涼やかなビジュアルと、菓子のような料理のような味わいがなんとも粋なひと品だ。
5.東京・富ヶ谷「岬屋(みさきや)」の晩秋の名菓『残菊(ざんぎく)』
秋の終わりを惜しむように、枯れゆく菊の花を写したという『残菊(ざんぎく)』。茶席菓子を手掛ける東京・富ヶ谷の「岬屋(みさきや)」の、晩秋の名菓だ。
白あんにたっぷりの卵、新粉と上南粉を練り込んだ生地でこしあんを包み、菊の木型で成形して蒸し上げた “時雨しぐれ” 菓子。上南粉を使うことで、雨粒のような粒が現れ、生地のひび割れに流れ込むように見える。そんな姿の生地を “時雨” と呼ぶのだとか。
6.鎌倉「手毬(てまり)」の練り切り『手毬』
海や空、花や木々、鳥や虫たち。四季折々に移ろう鎌倉の “色” を、愛らしい姿で表現した練り切り『手毬』は、店の主役菓子。
和菓子の美しさに魅せられ、この世界に飛び込んだという店主が手掛ける菓子はどれも、繊細で大胆な色使いと、趣向を凝らしたデザインで私たちの目を楽しませてくれる。
7.東京「秋色庵大坂家(しゅうしきあんおおさかや)」の『織部饅頭(おりべまんじゅう)』
茶人・古田織部(ふるた おりべ)の指導で生まれた美濃焼のひとつ、織部焼(おりべやき)。歪(いびつ)な形や派手な文様、深い暗緑色などが特徴で、その姿を薯蕷(じょうよ)饅頭に映したのが『織部饅頭』。創業300年以上、18代当主が店を守る、「秋色庵大坂家」の看板菓子だ。
きっかけは、常連だった作家・山口瞳(やまぐち ひとみ)氏の母上から先代への「釉薬(ゆうやく)の垂れを美しく表現してほしい」という依頼。
8.京都「老松(おいまつ)」の『山人艸果(さんじんそうか)』
古来、日本の菓子は木の実や果物で、自然の恵みに感謝し、野山の草木に宿る霊を敬うものだった。そんな菓子の原点を大切にして現代の菓子へと昇華させたのが京都・上七軒(かみしちけん)の老舗菓子店「老松」の『山人艸果』。
少しずつ糖度を上げながら数日間じっくり蜜漬けにした金柑と、丁寧に香ばしく炒った胡桃に、それぞれ真っ白いすり蜜をあしらって仕上げた『橙糖珠(だいとうじゅ)』と『胡桃律「ことうりつ)』。
9.東京「福島家(ふくしまや)」の『月うさぎ』
かわいい! ひと目見た瞬間、思わず口元がほころぶ、愛くるしいうさぎたちは、秋に登場する練り切り。
創業は文久元(1861)年、東京・巣鴨に店を構える「福島家」。代々受け継がれてきた『菓子見本帖』をもとに6代目当主が表現する上生菓子は、伝統的意匠の正統派から柔軟な発想で生まれる新作まで、年間なんと約200種類。
10.京都「緑寿庵清水(りょくじゅあんしみず)」の『らいちの金平糖』
江戸後期に京都で創業、日本で唯一の金平糖専門店「緑寿庵清水」。小さなイガ(突起)がきらきらと輝く星のような美しい形と、噛んだ瞬間ふわりと広がるライチの香りと風味はあまりにも繊細で、金平糖の概念が覆される。
※掲載商品の価格は、税込みです。
- PHOTO :
- 川上輝明(bean)
- STYLIST :
- Chizu
- EDIT&WRITING :
- 田中美保、古里典子(Precious)