パリ・ヴァンドーム広場に最初にブティックを開いたジュエラー「ブシュロン(BOUCHERON)」ってどんなブランド?

創業者:フレデリック・ブシュロン
創業地:フランス・パリ
創業年:1858年。パリのヴァンドーム広場にブティックを構えた最初のハイジュエラー。熟練の職人技術と自由で大胆な発想力により、伝統を受け継ぎながらも、時代を先駆けるモダンで洗練されたデザインを生み出し続けている。

新しい美を追い求める、画期的なクリエイティビティ

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創業者、フレデリック・ブシュロンのポートレート

■創業当時のエピソード

ブシュロンの創業者であるフレデリック・ブシュロンは、繊維業を営む家に生まれました。

幼少期からさまざまなファブリックに囲まれることで磨かれた彼の美意識は、10代の頃に勤めていた高級品を扱う店でも多くの顧客から評価され、1858年にパリのパレ・ロワイヤルの一角にジュエリーサロンをオープン。ブシュロンが誕生したのです。

そして、1893 年にパリ・ヴァンドーム広場 26 番地に移転。アパルトマンのサロンをブティックとして利用することが一般的だった時代に、初めてブティックを構えたブシュロンは、後に「グランサンク」と呼ばれるヴァンドーム広場に集まった五大老舗ジュエラーの先駆けとなりました。

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2018年12月にリニューアルオープンした、ヴァンドーム広場の本店

フレデリックが26番地を選んだのは、広場でいちばん陽当たりがよく、「ウィンドウに飾られたダイヤモンドがより美しく輝くに違いない」と直感したからだといわれています。現在でもブティックの最上階にはアトリエがあり、豊かな日差しのもとでハイジュエリーが制作されています。

■ブランドの転機

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1881年に制作されたクエスチョンマーク ネックレス

フレデリック・ブシュロンがブランドを創設した頃、上流階級の女性たちがドレスやジュエリーで美しく装うためには手間がかかり、侍女などの手を借りなければできないものでした。

そんな時代に革新的だったのが、1889年のパリ万博で発表した「クエスチョンマーク ネックレス」だったのです。

クラスプ(留め金)がなく、首回りに沿わせるチョーカースタイルのデザインにより、自分一人で着用することができるネックレスは、ブシュロンが長い歴史の中で常に追求している「女性が自由に楽しめ、より美しくなるためのジュエリー創りを」というフィロソフィーの礎となりました。

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1883年に制作されたクエスチョンマーク ネックレス(左)のアーカイブをもとに、2020年に発表されたプリュム ドゥ パオンのネックレス(右)

また、ブシュロンにとってもうひとつの大きな転機は、フレデリック・ブシュロンの息子であるルイによりもたらされました。

1902年にフレデリック・ブシュロンの逝去により後継者となったルイは、海外への進出に情熱を燃やし、とりわけインドとの強い絆を築くことに成功します。1928年には、パティアラのマハラジャから秘蔵の宝石すべてを託され、149個もの特注品を制作。ヴァンドーム広場の歴史上で、最も大規模なジュエリーオーダーとなりました。

このような経験により培われたオリエンタリズムは、今もなおブシュロンのデザインにおける、重要な柱のひとつとなっています。

■ブランドのアイコン・定番アイテム

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「キャトル」のリング

ブシュロンを象徴する4つのモチーフ、グログラン、ダイヤモンドのライン、クルド パリ、ダブルゴドロンを組み合わせた「キャトル」。2004年の誕生以来、独特のフォルムと都会的なエレガンスが人気を集め、絶えず解釈されながら進化し続けているコレクションです。

ブシュロンの自由な精神を表現するジュエリーであり、時代を超越したユニセックスなアイコンとして定着しています。

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「セルパンボエム」のイヤリングとリング

1968年に登場した「セルパンボエム」は、ゴールドビーズで囲まれたドロップモチーフや鱗のようなゴールド細工で魅惑的なスネークを表現。パヴェダイヤモンドや様々なカラーストーンをセットしたコレクションは、豊富なバリエーションも魅力のひとつ。個性を尊重する女性を惹きつけ、洗練されたスタイルを叶えます。

■ブランドを愛用するセレブリティーとエピソード

強い絆を結んできたインドやイランをはじめとする世界各地の王族が、ブシュロンの意外性に富んだ大胆かつユニークな作品や、世代を超えて愛されるジュエリーを求めて訪れました。

ロシア皇帝アレクサンドル二世や、彼の子孫である皇帝ニコライ二世もブシュロンの顧客として名を残しています。また、英国女王エリザベス二世は、1942年にグレヴィル夫人から受け継いだブシュロンのティアラをとても気に入っており、孫娘であるユージェニー王女は結婚式の際に、このティアラを着用しました。

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2018年10月に英国ウィンザー城で行われた結婚式にて、祖母であるエリザベス二世から借用したブシュロンのティアラを着用するユージェニー王女

フランスを代表する歌手のエディット・ピアフも、ブシュロンを愛したひとりです。1950年に『愛の賛歌』を発表する際に、「幸運が訪れるように」とブシュロンのアイコンウォッチ「リフレ」を購入。そして歌がヒットしたことから、その時計は彼女のお守りとなりました。

以降、21個ものウォッチなど、数々のブシュロンの作品を買い求めたエディット・ピアフ。中には、彼女が愛した男性への贈りものもあったそうです。

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1969年にブシュロンのヴァンドーム本店を訪れた、セルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキン

歌手兼音楽プロデューサーのセルジュ・ゲンズブールと、女優のジェーン・バーキン。1960年代のアイコニックなフランスのカップルも、ブシュロンを訪れています。さらに、二人の愛娘である女優のジャルロット・ゲンズブールも、ブシュロンをまとって、カンヌ国際映画祭のレッドカーペットに登場しました。

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2019年の第72回カンヌ国際映画祭にて。女優兼歌手のシャルロット・ゲンズブール

■ブランドの現在を支える二人の女性

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ブシュロン本社CEOのエレーヌ・プリ=デュケン(左)と、クリエイションディレクターのクレール・ショワンヌ

創業者のフレデリック・ブシュロンは、ジュエリー制作において女性を何よりも重視し、女性が自分らしく輝けるようにと考えていました。今日のメゾンにも受け継がれているその精神は、ブランドを率いる二人の女性の姿からもうかがえます。

2015年にブシュロン初の女性CEOに就任したエレーヌ・プリ=デュケンは、2018年に160周年を迎えるにあたって、パリ本店の全面リノベーションや新たな広告キャンペーンなどの改革を主導しました。

2011年からクリエイションディレクターを務めるクレール・ショワンヌは、メゾンのアーカイブを紐解きながらも、モダンで洗練されたデザインを追求。さらに本物の生花を用いたジュエリーを開発するなど、最新技術を取り入れた新たな試みにも、果敢に挑戦しています。

二人が目指しているのは、女性が自分らしさを自由に表現するための、無限の可能性を秘めたジュエリーの提供。時にリスクを冒すことも恐れず、ブシュロンの新たな魅力を開花させていくキーパーソンなのです。

BOUCHERON(ブシュロン)の問い合わせ先

BOUCHERON(ブシュロン)の公式サイト

BOUCHERON(ブシュロン)の公式サイト

この記事の執筆者
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EDIT&WRITING :
谷 花生